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6月4日 秀吉陣営 晴れ

「武士の鑑である」

 秀吉は宗治が自死した瞬間そう述べ、その後の全てを家臣に託し、馬上の人となった。本当は報を聞いてから一刻も早く、京に向かわねばならなかったのだ。和睦など誰かに任せればいい。そのような考えは何度も秀吉の脳裏に浮かんだ。

 けれども信長の死を意識した時、今後の禍根を断つため、宗治の死こそをその目で必ず確認せざるをえなかった。

 備中から備前に足を踏み入れた時、秀吉は思わず天を仰いだ。これまでの重く張り詰めた黒天が突然割れ、まっすぐに光が差し込んだ。そしてその光は高松城の方角を照らすように見えた。

 今、この国の未来が大きく動いた。

 秀吉は大きく頷き、馬の腹を強く蹴飛ばした。秀吉が光秀を討ったのは、その間も無くのことである。

 そして毛利軍が雑賀衆から信長の死を知ったのは、和睦の翌日のことである。秀吉を追撃すべきとの声も上がったが隆景が止めた。それは宗治の命と引き換えに得た信義だったからだ。

 この時、毛利がもう少し早く高松城に到着していたら。秀吉がすぐに畿内に戻らなければ、おそらく歴史は大きく変わっていただろう。


後日談。

 宗治の次男は毛利との約定どおり小早川隆景から一字受け継ぎ清水景治(しみずかげはる)と名のり、その家は江戸が終わりまで栄えた。

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