あーあ。
全国で有名な超進学校、「超進高校」。
有名進学校では珍しく共学である。
そして、僕の人生を一気に変えた...
~敷島大和~
「あーあ。」
暗い部屋を切り裂く目覚まし時計の音。
薄い色のカーテンから覗き見する太陽。
新しい朝の訪れは、いかにもうるさいものだった。
欠伸の代わりに大きなため息をつくと、ベッドから降り立つ。
首を一回回すとボキボキと音が鳴る。相当寝たようだ。
正直、入学式なんて楽しみではなかった。
ただ、超進学校だと聞いて、皆行くと聞いて、行っただけなのに。
僕は受かってしまった。ただ一人。
受験をゴールにしてしまった僕は正直受験後は生きている心地がしなかった。
決して友達がいたわけじゃない。
中学校ではいつも一人だったし、普通の人が言う「青春」とはかけ離れたものだった。
でも、受験勉強を経て「協力」というものに価値を見出せていたはずなのに。
はず...なのに。
僕は氷鬼で捕まったように、一日中硬直してベッドの上で過ごしていた。
そして、入学式。
朝起きて、隣の部屋のドアを開けた。妹の部屋だ。
...まだ寝ている。春休み中だからって寝過ぎはよくないだろう。
僕のことを誰も知らない。
そう思う時が軽くなるどころか、怖くてたまらなかった。
僕の家には両親がいない。
両親は世界でも有名な化学者で、今では外国に出張に出ている。
今では妹と二人暮らしだ。
忙しすぎて、僕の入学式にも来てくれない。
別にそんなの今に始まった話じゃないし、正直どうでもいい。
だから、別に気にしない。
それで僕は育ってきた。
「行ってきまーす」
勿論、誰も答えてはくれない。
知らない人たち。別に怖くはない。
進学校?だからどうした。僕には関係ない。
超進までそんなに時間はかからなかった。
大体15分といったところだろうか、計ってないのでわからない。
正門を通ったところで、急に風が吹いてきた。
共に、心臓がこれまでにないほどの鼓動を始めた。
冷静を装え。
冷静を装え。
一歩一歩歩き出す。
冷静を装え。
冷静を装え。
他にも僕と同じ境遇の人はたくさんいるはず。
冷静を装え。
冷静を装え。
せめて席に着くまでは我慢しろ。
正面玄関に一人の男が立っていた。教師のようだ。
そして新入生一人一人に赤い紙を配っていた。
生徒は一人ずつ律儀に並び、受け取っていた。
僕も並ばないのは悪いと思い、並ぶことにした。
並んで5秒ほどたったころだった。
後ろから急に肩に手を当てて
「よう!君新入生?調子はどう?」と言ってくる輩がつるんできたのだ。
僕は動じなかった。
付き合う必要すらないと感じた。
しかし、知らないことを知りたいのが人の性。
僕は理性に反して後ろを向いてしまった。
そこには、まるで新入生のような綺麗な制服と新しい鞄を持った一人の青年がいた。
「よう!君、僕と同じ新入生だろう?わかるさ」
こいつ、俗にいう「陽キャ」ってやつか?
僕はそういうのとは縁がないから、早く去ってくれ。
「俺の名前は霧島日向。ここらへん出身の男だ。君はどうだい?」
話しかけなかった。
正直、知らない人に名前を言うなんてただの個人情報漏洩だし、こいつは何を考えてるんだ?
僕は話しかけないまま、列の行くままに進んでいった。
列の一番先頭までたどり着いて、手に入れたのはクラス表だった。
僕の名前を探すと、1年3組の表に名前を見つけた。
正直これで終わってもよかったのだが、これが悲しき人の性。
僕は日向の名前を探してしまった。
日向の名前を同じ1年3組の表に見つけた時、二つの感情が僕の心に芽吹いた。
「今日は大丈夫か?理性に反し過ぎではないか?」という冷静な感情と、
「ったく、あいつと同じクラスかよ。チッ」という本能からの感情が。
後者に関しては、今まで何も人に感じていなかった僕からして、日向のことを嫌っていたと思われる。
冷静を装え。
冷静を装え。
下駄箱の場所を間違えるな。
冷静を装え。
冷静を装え。
教室の場所は書いてある。絶対に間違えるな。
冷静を装え。
冷静を装え。
他の人の視線なんて気にしない。心臓よ、そろそろ収まれ。
冷静を装え。
冷静を装え。
やっと見つけた。至って落ち着いた表情で...
冷静を装え。
冷静を装え。
1年3組の扉をくぐり、涼しい風を受け止める。
風の先には、何か騒がしい雰囲気。
でも、そんなの気にしない。
日向は、僕の席だと思われる隣で何やら女子と話している。
見ている感じ、かなりの間柄だろう。
でも、そんな騒がしい空気も、すぐに幕は閉じた。
僕が席に座った瞬間、空気、声、すべてが冷えて凍り静まり返った。
一瞬の静けさを経て、周りから小さなしゃべり声が聞こえる。
それはまるで、僕に聞こえないように帳を敷いているかのように。
そんな聞こえるはずもない声に耳を傾けていると、隣のあの男が急に口を開けた。
大声を出すような雰囲気だったが、あまりの素早さに僕は耳をふさぐことができなかった。
かくして僕の予想は当たった。
「お!やっぱり俺の予想は当たってたか!やっぱりお前さんが敷島大和か!」
「僕はそんなに有名なのか?」知らない間に口に出ていた。
「そりゃそうだろ!だってあの葉台模試全国1位記録樹立のあの敷島大和だぞ!
気にしないわけがないだろ!」
「え?君たち葉台模試受けてるの?」
「あったりめーだろ!お前さんは俺たちを何だと思ってんだ?
俺たちは日本国の同学年の中でトップ120の人材だぞ?」
「自分から言ってどうする」
図に乗った日向を窘めると、僕は教室を一望した。
色々見える。
初日から読書してる僕みたいな人。
何ともないようにいろんな人に話している人。
そして、誰とも話せずにウロウロしてる人。
みんなそれぞれ個性がある。
さすが個性主義スクールというだけあるなと思うと、もう一人の女の方が話しかけてきた。
「あんた、なんでそんなに1位ばかり取れるのよ?カンニングでもしてるんじゃないの?」
「初対面の相手にいい態度だな?」
半分怒りをちらつかせながら呟くと、彼女は続けて話した。
「どうなのよ?何かいい勉強法でもあるんじゃないの?」
「ないですが、ただ、僕は、見てるだけなので」
「何よ、答えになってないわ」
「ホントに見てるだけだから。テキストを」
「あ、あんた、まさか」
「そう、僕は、カメラアイ。」
僕は昔から記憶がずば抜けてできていた。
それは勉強だけでなく、運動、人の名前、趣味などあらゆるところに繋がった。
つまりはどういうことかというと、僕は課題以外の勉強はしていない。
それでいてテストでは毎回満点。神様も才能の分け方が下手なもんだ。
僕の趣味は化学だった。それは親から継がれたものだった。
先述したと思うが、僕の両親は化学者だ。
だから僕にどうか化学の道を進んでほしいと思っていたし、僕もそう思っていた。
僕は中学校2年生で乙種危険物取扱者の資格を取得し、消防法の危険物を使えるようになった。
そしていつも実験をしている。僕の部屋にはそういう装置がそろっているのだ。
そんなこと思い出してると、その女は大声で叫んだ。
「みなさーん!敷島大和君って、カメラアイらしいよー!」
「おい、あんまり大声でしゃべっちゃ」
「あ?」
その小柄ながら強い威圧感に僕は押しつぶされかけた。
あーあ。
僕に黄色い視線が集まる。
どうせわかんないだろう?カメラアイの苦しみを。
いらないものが記憶から消えない、この苦しみを。
あーあ。
どうせわかんないだろう?
消したい記憶が消えない、この苦しみを。
体育館に移動するまでの5分間を、僕は寝たふりで過ごした。