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ドライフラワーが枯れるまで  作者: 小林一咲
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第三話 林檎

 ここは、ある町の片隅にある小さな料理店。繁盛しているとは言えないが、人足は途絶えることを知らず、今日も悩みを抱えた人々がこの店にやって来る。


「いらっしゃい」

「ひとりなんですけど……」

「お好きな席へどうぞ」


 女性はカウンター席に座り、俯いたまま注文する気配がない。店主は、メニュー表をそっとテーブルに置いた。客はしばらくそのままメニュー表を眺めていた。


「ラーメン……ください」

「はい、お待ち下さい」


 雨が降り頻る正午、外は綺麗な鉛色だが、客はその景色を眺めることもなく、ずっと俯いたまま動かない。


「お待たせしました」


 客が頼んだラーメンは、豚骨、鶏ガラ、煮干しでとった3種類のスープをブレンドしたトリプルスープだ。


「いただきます」


 客は今にも消えそうな声で手を合わせ、レンゲでスープをひとくちすくうと、震える唇につけた。


「……」


 一瞬だけ、でも確かに彼女の目が美しく光った。続いて麺を静かに啜り、そっと目を閉じてゆっくりと噛み締める。


「私、ラーメン好きなんです」

「そうですか」


 なんの取り留めもない2人の会話。続く事はない淡白な会話だったが、彼女にとって、このやり取りの中にも意味があるのだろう。


 客はちょっと贅沢なエビワンタン、燻製チャーシュー、鶏団子のトッピングを順に食べ、スープもごくごくと飲み干した。

 

「美味しかったです。お金、置いておきますね」

「まいど」

「あの、傘ってありますか?」

「……」

「あ、すみません。なんでもないです」

「ありますけど、必ず返しに来てください」

「……」

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 林檎の絵柄が付いた小さめの傘をさし、去っていく客を見る店主の目には、やるせない鉛色の景色が浮かんでいた。


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