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ドライフラワーが枯れるまで  作者: 小林一咲
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第一話 水滴

 ここは、ある町の片隅にある小さな料理店。


 このご時世、色々な悩みを抱えた人が多くいる。この店に立ち寄る客も、そんな人ばかりだったが、不思議と心が穏やかになって帰って行く。

 繁盛しているとは言えないが、人足は途絶えることを知らず、今日も悩みを抱えた人々がこの店にやって来る。


「いらっしゃい」


 素っ気ない店主が、皿を拭いていると、1人の男が入ってきた。今日は雲ひとつない晴天の筈だが、客の頬は濡れていた。

 客は席に着き、メニューを見てから、手を挙げた。


「はい、どれにします?」

「コレをひとつ」

「はい、お待ち下さい」


 客は出されたお冷をゆっくりと、少しずつ飲みながら、料理が出されるのを待つ。コップについた水滴を指で触りながら、店内を見回す。

 彼にとって初めて入ったその店は、カジュアルな内装で、シンプルだが居心地の良い店だ。


「お待たせしました。和定食です」

「ありがとうございます」


 客が選んだ和定食は、シンプルでヘルシーな野菜の蒸籠蒸しと、鯛茶漬け、豆腐と野菜の蒸しゃぶ、真鯛の胡麻醤油漬け。ご飯も進んで、身体にも良い料理だ。

 客は備え付けの箸を取り、蒸しゃぶから口に運んだ。


「美味しい……」


 思わず漏れたその言葉は文字通り心の底からのものだろう。ゆっくりと噛み締めてから、真鯛の胡麻醤油漬けをご飯にかけ、更に用意された出汁をかけてから口に運ぶ。

 鯛と出汁の香りが全身を覆い、口に入れるだけで溶けるほど柔らかく、出汁も体に染みるのが分かるほど透き通っている。

 

「美味しい、美味しいよ……」


 客の目には涙が溜まり、声も震えていた。

 

 彼がなぜ泣いているのかは我々にはわからないし、聞く事はない。料理ひとつで彼の雨空を晴らすことはできないだろう。でも、雨で濡れた彼の肩を、拭いてやる事くらいならできる。

 

 お節介? 自己満足?

 そうかも知れない。だか、悪い事をしているとは思わない。

 いつか、彼の笑顔が満開の桜のように咲くことができたなら。その幸せを願うことができたなら、彼もきっと誰かの幸せを願えることだろう。


 客は、和定食を綺麗に食べ終えると、店主にお代を差し出した。


「美味かったよ、また来るね」

「まいど」


 余計な会話などは要らない。それはまさしく、心と心が通った瞬間だった。


 


 無愛想な店主は、静かに喪服の彼を見送った。

 


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