⑥ 幸せ
「シャーロット!」
「うぅ……ぐすっ」
突然泣き出した私へとオリバー様が駆け寄る。そしてハンカチで私の涙を優しく拭ってくれるが、涙が溢れてきて止まらない。
「謝って済む問題ではないが、本当に申し訳なかった。一日でも早くシャーロットと結婚をするには、王太子として認められなければならなかった」
「……ぐすっ。私は幾らでも、待ちましたのに……」
彼と結婚出来ることは嬉しいが、そこまで急ぐ必要を感じない。急いだことにより、オリバー様が怪我をした方が心配である。
「……俺が婚約だけでは不安で、我慢出来なかった。シャーロットは魅力的だから、俺以外の男に取られたくなかった。情けない男だろう?」
「そ、そんな……ぐすっ……」
不安気に琥珀色の瞳が揺れる。彼を情けないなど一度も思ったことはない。首を横に振り、オリバー様の言葉を否定する。
「シャーロットは昔から俺の涙を止めてくれていたのに、俺は王太子の称号を得ても君の涙を止める方法を知らない……。君の涙の止め方を教えてくれないか?」
「ぐすっ……だ、抱きしめて下さい……」
私の涙を優しく拭ってくれる動作を続けながら、掛けられた言葉に返事をするのに迷う。これでは昔と立場が逆転してしまっている。涙を止める方法など、私自身も分からないのだ。
ただ、確実に分かっていることは一つある。私は寂しかった。それが彼の帰還と求婚が重なり、涙腺が崩壊したのだ。それを埋めれば涙が止まる可能性がある。
正直に言えば、こんなお願いを口にするのは恥ずかしい。だがこれ以上、彼を困らせたくないのだ。私は意を決し、願い事の内容を口にした。
「……っ、分かった。失礼する」
「ふぇぇ……ぐすっ……」
涙を拭う手が不意に止まると、オリバー様の腕が背中へと回る。すると涙が更に溢れて来た。
「い、嫌だったのか……」
「ち、違います……ぐすっ……二年間で成長されて……。この二年間を知らないと思うと……寂しくて……ぐすっ……」
私が更に泣き出したことにより、彼は体を離そうした。私は彼に抱きつく。オリバー様との抱擁が嫌だったのではない。彼の成長は喜ばしいことだが、その期間を知らないことが悲しいのだ。
「……っ、本当に申し訳なかった。如何したら許してくれる?」
「この二年間を埋める為にも……ずっと一緒に居て下さい」
オリバー様は濡れることを気にすることなく、指先で私の涙を拭う。私を気遣う優しさを感じ、涙が溢れてくる。過ぎた時間は戻らない。だが、これからの時間をどう使うかは選択することが出来る。私は本心を告げた。
「それは……結婚に応じてくれるということか?」
「勿論です。オリバー様以外、考えられません」
私の発言に瞠目したオリバー様の表情は昔のように幼い。愛おしさがこみ上げてくると、涙が止まる。
「ありがとう。愛しているよ。シャーロット」
「私も、愛しております。オリバー様」
お互いに気持ちを伝えると、大広間には拍手と祝いの言葉が溢れた。
後日に知ったことだが、婚約破棄の流れから私以外の全員には知らされていたそうだ。
そして結婚式当日。嬉しさの余り泣いてしまい、オリバー様と精霊王様に全力であやされることをこの時の私は知らない。