① 祈り
「はぁぁ……素敵ですわぁ……」
豪華な調度品が並んだ自室で、本を片手に私は溜息を吐く。独り言の原因は手にしている恋愛小説にある。
私は俗に言う転生者だ。前世は一般的な大学生であり、恋愛に関する書物や動画を見るのが趣味だった。この世界にシャーロット・エバンス公爵令嬢として転生を果たしたが、現在も恋愛に関するものが大好きだ。電子機器が存在しない魔法と剣の世界では、恋愛小説が唯一の娯楽である。
「……憧れてしまいます」
手にしている小説に目線を戻す。そこには、王子が悪役令嬢へ婚約破棄をする場面が書かれている。物語だとは分かっているが、守られるヒロインについ憧れてしまうのだ。
公爵令嬢である為、私にも婚約者が居る。この国の王子であるオリバー様だ。幼少からの仲であり、優しい性格の彼に惹かれているのは事実である。私と彼の婚約には政治的な意味を持つが、それでも想いを寄せている人と婚約者で居られることは嬉しい。
「もう二年ですか……」
オリバー様は私よりも二歳年上であり、現在は王太子として認められる為に旅に出ている。この国では王太子を名乗るには、精霊王に認めてもう必要があるのだ。それは伝統であり、彼はその旅に二年前から赴いている。
通常は学園を卒業してから行うそうだが、オリバー様は二年も前倒しで旅へと出た。国に何か緊急事態が発生しているのかと、宰相を勤める父様に訊ねたが首を横に振られた。
如何やらオリバー様の意思により、通常よりも早く旅に出たというのだ。婚約者とはいえ、彼の決定に口出すことは出来ない。
「泣いていらっしゃらないでしょうか……」
オリバー様は優しい性格からか、昔からよく泣く子だった。
初めの頃は蜂蜜のような琥珀色の瞳を潤ませる彼に、瞳が溶けてしまうのではと焦ったものだ。しかし彼の涙を拭うことが出来るのは、私だけの特権だと思うと嬉しくもあった。
テーブルに飾られた小さなガラスケースを手に取る。そこに収まっているのは、白詰草の小さな指輪だ。これは幼い頃、オリバー様が婚約した記念にと作ってくれた物である。不格好だと泣きながらも、両手を草の汁で汚した姿に愛おしさが込み上げたものだ。
「今頃はどちらにいらっしゃるのでしょう」
旅に出る事を知らされたのは突然だった。旅支度を整えたオリバー様が我が公爵邸を訪れ告げられたのだ。何も知らされていなかった私は、咄嗟に何時も身に付けている魔石のペンダントを渡した。
それは彼の瞳と同じ色だからと、気に入り身に付けていた物である。王子殿下に贈るには不相応な品だと思ったが、彼が喜んでくれたことに胸を撫で下ろしたのだ。
「明日は一人での参加ですね」
部屋に飾られているドレスを見る。明日は学園の卒業パーティーがあるのだ。婚約者不在での参加になるが、オリバー様も試練を乗り越える為に頑張っている。我儘を言うことは許されない。
試練の旅は通常、四年間程かかるという。つまり後二年間会うことは出来ないのだ。本当は手紙を送りたいが、彼の邪魔をしたくない。
「どうかご無事で、オリバー様」
彼の旅に同行することは出来ないが、せめてオリバー様の無事を祈った。
〇
「シャーロット・エバンス公爵令嬢! 俺は君との婚約者を破棄する!!」
卒業パーティー当日。美女を連れたオリバー様から婚約破棄を告げられた。