第3話。オリエンテーション
あれから、すぐに、合宿の始まる明後日が、今日になって──僕ら浄霊師養成中学校の生徒全員が、合宿先のあるこの海岸へと無事に辿り着いた。
ここは、かつて、妖魔大戦のあった敵の本拠地で、海岸の断崖絶壁から上る山の頂上に、かつて戦った敵のアジトがあるらしいんだけど、妖魔大戦の終わった今は、僕ら浄霊師養成中学校の教育施設へと様変わりしているらしい。
もともと断崖絶壁だった今僕らがいるこの場所は、船が停泊しやすいように整備されてて、さらに断崖絶壁をくり抜いて作られた洞窟を抜けると山道になってて、そこからさらにさらに山の斜面をずっと上って森を抜けると、僕らの目的地──合宿場所に辿り着けるらしい。
けど、僕らの合宿場所は、『樹海』と呼ばれる広大な森林地帯に囲まれてて──迷いこむと2度と出られなくなるらしい……。
(ガー……──ピー……──)
赤いメガホンみたいな拡声器を持った川岸教頭先生が、合宿先の海岸に停泊した船から降りて来た僕ら生徒全員を前にして、挨拶を始めた。
「あー、あー……。マイクのテスト中。えー。ゴホンッ! みなさん。改めまして。この度は、薄ヶ丘浄霊師養成中学校に、ご入学おめでとうございます。急遽、ワガママな校長のせいで、オリエンテーション──合同合宿訓練が早まったにもかかわらず、新入生全員が無事ここに集えたことを大変嬉しく思います──」
まだ二十代半ばって言ってた男先生の川岸楓教頭先生が、青空のもと──遠い目をしながら挨拶した。棒読みで。
白のカッターシャツがシワシワで、赤いネクタイが曲がっていた。
しかも、海辺から吹く風に教頭先生のボサボサの黒い髪の毛がフワフワと靡くように揺れてた。
いや。ハゲてはないんだ。
今年で十三歳になる僕から見るとオジサンだけど、川岸教頭先生は、なんだか凄く疲れているみたいだった。
それは、そうだ。
四月の終わり頃から五月にかけて予定されていたオリエンテーション──合同合宿訓練が、ちんちくりんのハゲちゃビンのクマのぬいぐるみの『点』みたいな目をしたお爺ちゃん校長先生のワガママのせいで、何もかもが前倒しになったからだ。
──推しアイドルグループのライブをどうしても生で観たいって言うお爺ちゃん校長先生のワガママな理由で。
とは言え──
僕も薄ヶ丘浄霊師養成中学校の生徒として、みんなと一緒にここまで来たんだけれど──道中のことは、あんまりよく覚えていない。
と言うのも、僕は乗り物酔いしやすくて、何時間もバスに揺られて吐きそうになり窓辺の座席でめいいっぱいシートを後ろに倒して寝かされていたからだ。
バスの座席は、各班ごとに分けられてて──僕の班は、あろうことか、小鳥みたいによく喋る轟さんと、妖魔で虎みたいな大山君(体が大きすぎてシートに収まらない……)、そして、びっくりしたんだけど──
僕の隣の席には、幽霊女の子の南さんが、座っていた。
けど、ほんとよく覚えていないんだ。
気分が悪くなって、窓を開けて──風にあたって。
バスの車内では、僕は、ほとんど寝てたんだと想う。
幽霊女の子の南さんが僕の隣の座席ともあって最初は緊張してたけど、乗り物酔いのせいで気分が悪くて、それどころじゃなかった。酔い止めの薬、飲んでたのに……。
それから、僕は誰かに、ひょいっと抱えられて──虎みたいな大山君かな?──みんなと一緒に船に乗せられた。
よくあるフェリーとかの大きさの船で、クラスメートの子たちとかが、甲板や船内で騒いでハシャギまくってる声が、酷すぎる船酔いでダウンした僕の耳もとに聞こえた。
案の定、小鳥みたいな轟さんは、みんなとハシャギまくってたような気がするけど、時々、「大丈夫?」とか言って、船の中の休憩室で寝かされていた僕に声をかけてくれてたみたいだ。
けど──ほんと僕は、船酔いが酷過ぎて……それどころじゃなかった。散々だった。
だけど、船酔いで休憩室に寝かされてた僕の傍に、誰かがいた気がする。
海から吹く風が、心地良かった。
そうだ。
僕は、誰かが僕の隣にいた気がして、ボーッとしながら言ったんだっけ……。
「誰? いるの──?」
「同じ班だから──」
そんな風に、聞こえたんだけど……。
南さん──? だったのかな?
たぶん。そうなのかもしれない──いつもみたいには、姿は見えなかったけど。
ずっと、船の中でも寝かされてた僕は、今回、合宿先のある場所に船が停泊する頃には、なんとか自力で立てるようになっていた。
(ゴゴゴゴゴ……──)
僕らを乗せたフェリーみたいな船が、合宿先のある岸に停泊するために、旋回しながら大きなエンジン音を立てる。
再び船内が激しく振動して、揺れる。
僕は、「ウッ……」となりながらも、なんとか吐き気をこらえてヨロヨロと立った。
僕の荷物は大山君が、またまた、ひょいっと軽々と持ってくれた。
「あ、ありがとう……」
「同じ班だからな」
妖魔で虎みたいな大きな大山君の素っ気ない返事だったけれど、なんか嬉しかった。
──まだ二十代とかって言ってた川岸教頭先生の挨拶の後に、僕はなんとなくボンヤリと──ここまで来た道中での記憶を思い返していた。
けど今は、まだ四月の初めころで──
酔ってた時は心地良かった海から吹く風も、今は、ちょっとだけ冷たく感じて肌寒い。
だけど、お天気が良くって、太陽の光が眩しい。青空だけど、クラクラする。
何をしてたのか、教頭先生の挨拶の後に、海からの風に吹かれながら、ちんちくりんのハゲちゃビンお爺ちゃん校長先生が、今ようやく遅れて船からヒョコヒョコと降りて来た。
うぶ毛みたいな校長先生の頭の毛が、海から吹く風に揺れている。まるで、別の生きものみたい。気持ち良さそうだ。
けど、ちんちくりんのハゲちゃビンだから、太陽の光が校長先生のツルツルの頭に反射していて、とても神々しい。光輝いている。
「だいぶ疲れておるようじゃの? 川岸教頭先生?」
お爺ちゃん校長先生が、背の高いまだ二十代の川岸教頭先生の肩をポンポンと、2回ジャンプしながら(ちんちくりんだから)叩いて言った。
「アンタのせいでしょーがっ!?」
三角の目をして、ちょっと怒っている川岸教頭先生が、お爺ちゃん校長先生の両脇を子どもみたいに、ひょいっと抱えて、抱っこして持ち上げた。
校長先生を抱っこした教頭先生の目が、ワナワナと震えている。
(あぁ……。なんか、フラフラする。早く終わんないかな──? 教頭先生と校長先生の、このやりとり……)
僕は、ちょっとだけ、また気分が悪くなり始めて、足もとのカバンから水筒を取り出して、グビグビと水を飲んだ。
自由に持って来て良かったから、水筒にジュース入れてる子もいるんだろうけど、やっぱり水が一番、喉越しが良い。
ジュースだと、すぐに飲んじゃって、無くなっちゃうし。それは、いいとして……。
「もう、すっ込んでてくださいっ……!」って、ハーッと、ため息をついた川岸教頭先生が、お爺ちゃん校長先生を後ろに追いやって、合宿の小冊子にあった『1.校長先生の挨拶』を省略してすっ飛ばした。
(ガシャン──! ガー……──ピー……──)
川岸教頭先生の持ってた赤いメガホンみたいな拡声器が、地面に落っこちた。
先生たちの後ろから「ワシ、寂しい……」って、お爺ちゃん校長先生の声が、ボソッて聞こえた気がした。
けど、地面に落っこちたままの赤いメガホンみたいな拡声器を、誰も拾い上げることもなく──この合宿の大まかな目的の説明と、各クラスの担任の先生の挨拶が、そのあとで始まった──




