第1話。僕は友達をつくりたい
「えー。皆さん、ご入学おめでとうございます──」
体育館。始業式──
僕は、今年で十三歳になる。
親に七五三みたいな恥ずかしい格好をさせられた僕は、先生たちの話を聞きながらも、さっきから、ソワソワしている。
後ろを振り返ると、ついてこなくて良いって言ったのに、僕のお父さんとお母さんが感極まって泣いている。
あぁ。恥ずかしい……。だから、ついてこなくて良いって言ったのに……。
いや、それよりも。
今年、新しく建てられたこの学校。体育館。
床材や建築素材なんかの真新しい匂いがする中、だだっぴろい空間に幾つものパイプ椅子が並べられているのに……。誰も座っていない椅子がある。
いや。
厳密に言うと、座っている……。
半透明の姿で、僕にしか見えない、いつものアレ……。
僕は、小さい頃から『みえる』と言うことで、みんなからよく怖がられていた。
そう。幽霊だ。しかも、僕と同い年くらいの子の──
式が終わると、先頭を歩く先生について行く、僕を含む新入生のみんな。
階段を上がって、渡り廊下を抜ける。
まだ、誰とも面識すら無いこの時間。気まずくて重い。
なのに、もう打ち解けている人たちが、何人かいる。
目の前の真新しい校舎の様子でも見て浮かれてるんだろうか、「ワー!」とか「キレイー!」とか言ってるのが聴こえる。
僕は、誰の顔さえも見れずに俯いて、下を向いて自分の歩く足もとの床ばかり見つめていた。
(──やっぱり、いる……)
さっきから、寒イボっていうか、鳥肌が立つのが治まらない。ゾクゾクする。
ただでさえ、緊張して不安なのに。
僕らの並ぶ列に憑いて来ている……。
体育館で見た子たち──
幽霊。
しかも、僕の隣にも──いる。
当然、僕は、顔さえ上げれずに俯いたままだ。
あぁ。学校初日から憂鬱だ。来るとこ、間違えたかな。
けど、今さら遅い。もう、入学してしまったから……。
教室に辿り着いて、それぞれに割り当てられた席につく。名前の順──出席番号順だ。
僕は、いつも端っこの一番前の席。
僕の苗字からすると、決まって当然その席になる。
なぜなら、僕の苗字は『あ』で始まるから。
青木さんとか赤木さんって名前の人がいれば別だけど。今回は、残念なことに、いない……。
「今日から、新しい学校生活のスタートです! それでは、皆さん! まず初めに自己紹介から始めましょう!」
新任の女の先生が教室の壇上に立ち、僕らの目の前で張り切って、そう言った。
どうして、いつもこうも温度差があるのかな……。
それより、『自己紹介』と言う最初の難問に、僕は頭を抱えた。
嫌だ。
みんなの前で晒されたくは無い。息が詰まる……。
僕と同い年くらいの子の幽霊とか、そんなのどうでもよくなるくらいに──
何と言っても、僕の名前は必ずほとんどトップバッターになる。
この人生の試練。
みんなは、あまり経験しないであろう自己紹介のトップバッターという試練を、どうして僕は、十三歳という若さで今、受けなければならないのだろう……。
「あ……。は、初めまして。ぼ、僕は、赤羽射矢で、す。す、好きな事は、と、特に、あ、ありません」
僕は、おずおずと、教室の床よりも一段高い壇上に立たされ、俯きながらも呟くように喋った。
たぶん、誰も聴いていないと想う……。
緊張し過ぎて、途中、噛んだ。
だから、嫌だったんだ。
案の定、「シーン」としている。
やめてくれ──
「えっと……。赤羽君? 本当に好きな事は、ないの?」
きょとんと僕を見て、担任の叶先生が、そう言った。
先生の名前は、叶夢葉。
僕らの自己紹介の前に、先生がそう言ってた。まだ18歳らしい。
先生は美人で、僕には目の毒だ。
ドキドキするから、あんまり僕の方を見ないでほしいと思う。
余計に緊張する。
何でも先生は、もと幽霊だったのに、神様に特別に生き返らせてもらったらしい。
噂だけど、僕の住む地元では有名だ。
衝撃の事実だ。
嘘か本当かは、知らないけど。
さっきの体育館での始業式では、説明が無かった。
僕は叶先生をチラリと見てから、コクリと無言でうなずき、壇上から静かに降りてもとの席に座った。
途中、何も無いのに、僕は床につまづいて、コケそうになった。
死ぬほど恥ずかしい……。
僕は、椅子に座れるように、なんとか手足を頑張って必死に動かし、ようやく自分の席に座れた。
ハーッ……。
深い溜め息が出た。
僕は、再び頭を抱えて下を向いて俯き、机の角っこを凝視した。
恥ずかし過ぎて俯いて──いつものように自信を無くしていると、僕の座る席の後ろからドシドシと、床を揺らしながら歩いて来る音が、僕の足もとに響いた。
「大山白虎。妖魔。よろしく……」
静かに低い声が、ビリビリと教室中に響いた。
身体がとても大きくて、もう声変わりをしている。
それに、いきなり『妖魔』って言ったもんだから、教室中がザワついた。
それは、昨年、ネットで『妖魔大戦』って言葉が、秘かに流行ったから。
最初、流行りのゲームかアニメの事かと思ったけど、幽霊とか妖怪が人を交えて、実際に戦うのを見たって言う人が後を絶たなくて、話題になった。
それで、その時に何人かの人が生き返ったとか?
その時に、第一級以上の活躍をしたのが、もと幽霊先生の叶先生らしい。
大山君は、僕と同い年なはずなのに大人顔負けの体格で、太い腕、鋭い目つき。本当に虎みたいだった。
大山君とも、友達になんてなれっこ無いって思った。
僕は、大山君の事がコワすぎて、無理。
それ以上は大山君の方を見れなかった。
「はいはーい! 先生はもと幽霊だったの? このクラスの半分の子は、なんで幽霊なの? あ、私? 轟来姫! 浄霊師志望! よろ!!」
いきなり手を挙げて、突然、席を立って自己紹介をしたかと思えば、言うだけ言って「フフン」と鼻で笑って席に座った──この女の子。かなり自信に満ちている。
苦手だ。
この子と上手くやって行ける自信は、僕には、とうてい無い……。
浄霊師養成中学校なんだから、浄霊師志望なんて、いちいち言わなくても良いと思うんだけど。
言えない……。
──四月。
地元の小学校を卒業した僕は、神霊術を特別に勉強出来る私立のこの浄霊師養成中学校に入学した。
理由は、簡単。
僕は、小学校の友達も居ないから地元の中学校に行くのは嫌で、お父さんとお母さんに言って、今年出来たばかりのこの学校に行くことになった。
それに、僕は、小さい頃から変なものが見えるから、誰も怖がって僕には近寄らなかった。
よくある話。
変なものって言うのは、もちろん幽霊だ。
ふと、僕が顔を上げると──轟さんは、赤いリボンで、髪の毛を一つにくくっていた。
紺のジーンズの短パンに、ピンクのパーカー。
アヤトリみたいな赤い紐を両方の手首にクルクルと巻きつけていた。何かのお呪いなんだろうか?
彼女は、幽霊じゃなかったみたいだ。
けど、このクラスにいる何人かの幽霊な子たちは、轟さんのテンションと比べると、かなり静かだ。
静かって言うか、冷ややかだ。
「何、コイツ?」みたいな──?
教室の温度を下げないでくれ。轟さん。
けど、轟さんは、全然平気なんだろな……。
僕が、もう一度、下を向いて机の上を見つめていると──叶先生の「後で説明するねー」の声が、軽やかに僕の耳もとへと響いた。
それから──
「えと……。初めまして……。南未有です。よろしく……です」
──何人かの自己紹介が済んで、しばらく時間がいつの間にか経過してたみたいだ。
次の女の子の声が、消え入りそうに挨拶するのが聴こえた。最後の方の言葉は、よく聴こえなかった。
僕が顔を上げると、この女の子は、僕と同い年くらいに見えた。
けれど、この子の身体は、向こう側が透けていた。
そう。
驚くことに、この女の子は、幽霊なんだ。他にも何人か幽霊な子がいるみたいだけど。
何処の学校のかは知らないけど、ちゃんとセーラー服を着ていた。
けど、長くて黒い髪の毛が、バッサバサだ。前髪が伸びすぎていて、顔がよく見えない。
ただ、身体が、半透明。
日常的に幽霊が見える僕にとっては、さほど大した事でもないんだけど。
僕は、小学校の頃から、幽霊が見えるから学校というものには行ってない。
いわゆる不登校とかいうヤツで、お父さんもお母さんも、ずっと僕を心配してたから、そう言う事もあって、この学校に行く事になったんだ──
叶先生が、「他に言いたい事とかある?」って、この子に訊ねた。
おずおずと、この子は黙って先生と僕らに一礼すると、俯きながら頭の上に火の玉みたいなのを幾つか揺らして、壇上からスーッと降りて行った。
名前は、南さんって言ってたっけ?
もとの席へと戻ると、彼女は音も立てずに静かに座った。
(友達になれるかな──?)
──幽霊なのに、初めて南さんを見た僕は、何故かそんな風に想った。
僕が、そんな風に考えながらボーッとしていると……気がついたら、いつの間にかクラスメートみんなの自己紹介が終わっていた。
(キーンコーン……カーンコーン……──)
何故か、その時。
生まれて初めて学校のチャイムの鳴る音を、僕は聴いた気がした。
その時、ふと、誰かの視線に気がついて、僕は斜め後ろを振り返った──
──見られてる?
窓際の後ろの方の席で、さっきの幽霊女の子の南さんが、下を向いて座っている。
相変わらずのバッサバサの長くて黒い前髪。
けど、その髪の毛の奥にある目がチラッと見えて、僕の方を──こっちを見てた気がする。
僕が、緊張してるから、そう見えただけなんだろうか?
幽霊女の子の南さんだけど──睫毛が長いのが印象的だった。




