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第89話 チャンスを逃さない者

 ポンデローザは一人、観客席から予選最終ブロックを眺めていた。


『予選も最終ブロック! 国の将来を担う魔導士の卵が本戦出場をかけてしのぎを削ります!』


 風、火、土、水、それぞれの属性の魔法が飛び交うのを冷めた視線で見つめる。


「どうせ結果は見えてるの……こんなの茶番でしかないわ」


 誰もが必死に努力し、この場に立っている。

 王立魔法学園に通う生徒達にとって、滅竜魔闘は王国の重鎮達に自分の魔導士としての実力をアピールできる一年に一度のチャンスだ。

 この日に全てをかけている者も少なくはない。最終学年の三年生は特にだ。


 しかし、ポンデローザにとってはもはやどうでもいいことでしかなかった。

 学園内の女性魔導士の中で誰が一番の実力者かと言われれば、それは間違いなくポンデローザだ。

 仮に滅竜魔闘にポンデローザが出場するとなれば、誰もがポンデローザが優勝すると確信するだろう。


「どうせ結果は見えてるわ……」


 それでもポンデローザは自分が参戦したとしても優勝できるとは微塵も思っていなかった。


 原作において優勝するのはセタリアだ。

 セタリアは風魔法の使い手として優秀だが、それだけでポンデローザが後れを取ることはまずない。

 セタリアが優勝する理由、それは彼女の眠っているもう一つの力の覚醒にある。

 BESTIA BRAVEにおいて、メインヒロインであるセタリアはただの守護者の子孫ではない。

 セタリアの魂に眠る存在。その力が解放されるとき、セタリアはもう一つの属性の魔法に目覚める。

 BESTIA HEATでは、設定の都合上彼女の魂に眠る存在はいない。


「見極める必要もないわね。あの子が覚醒しようがしなかろうが、優勝してしまう」


 本来、ポンデローザにとってこの分岐点は非常に重要なものだった。

 セタリアの覚醒はきちんとスタンフォードルートに入っているかどうかの見極めになるのだ。

 以前のポンデローザならば、自分が参戦して無理にでもセタリアの実力を引き出そうとしただろう。

 しかし、彼女にはもうそんな気力は残っていなかった。

 どうせ何をしても結果は変わらない。それならば体を張るのもバカらしいというもの。

 憔悴しきった彼女は屋台で買ったクレープを片手に試合を観戦する。


「あれは……」


 そんなとき、魔法が飛び交うステージの端でひたすら魔法が飛んでくる度に瞬間的に硬化魔法をかけて耐えているステイシーの姿が目に入ってきた。

 ステイシーは魔導士としての才に恵まれなかった。

 それでも彼女が必死に自分達に食らいついて実力を磨いていることをポンデローザは近くで見ていたため、よく知っていた。


「そういえば、あの子には助けられたっけ」


 ポンデローザはスタンフォードのメイドであるリオネスに殺されかけたとき、駆けつけたステイシーによって命を救われた。

 弱体化しているとはいえ、相手は竜人。ステイシーの実力で敵を打破できたのは偏に偶然の産物と言えるだろう。


「目の前のチャンスを逃さない貪欲さ、か。確かにあの子にはそれがある」


 ポンデローザにとってあの一件は言ってしまえば、原作には登場しないモブ同士の戦い。

 ステイシーには感謝しているが、だからといって彼女に期待することはない。


「でも、原作は覆せない。なのに……」


 どうして自分はステイシーの戦いから目が離せないのだろうか。

 気がつけば、ポンデローザは熱を帯びた視線を舞台上に向けていた。

 流れ弾は確実に防ぎ、乱戦状態の死角を的確に陣取って使う魔力を最小限に絞る。

 そんな華やかな魔導士としての姿とはかけ離れた彼女の動きから目が離せなかった。


 そうしてステイシーがステルス戦法を取っている間に、どんどん舞台上の魔導士が減っていく。


『おおっと! ついに舞台に残る魔導士は二人だけとなりました!』

『ほう、ナンバーズ嬢とルドエ嬢か。今年は一年生が豊作だな』


 舞台に残された魔導士は二人。

 一人はステイシー。そして、もう一人はマチルダ・ナンバーズ。

 水魔法の名門であるナンバーズ家の出身であり、コメリナが治癒に長けているとしたら、マチルダは水魔法を攻撃に使うことに長けていた。


「聞いたわよ、ルドエさん。あなた竜人を倒したんだってね」

「あれはただの偶然です」

「謙遜が過ぎるわ。偶然だとしても倒せることがすごいの」


 マチルダは会話を振ってもまるで油断を解かないステイシーの威圧感に冷や汗を流した。


「でも、負けるつもりはさらさらないわ。本当は本戦までとっておきたかったけど!」


 マチルダは両手を構えると、水魔法を発動させる。


「〝水球体(アクア・スフィア)!!!〟」

「ごぼっ……!」


 マチルダが魔法を発動させた瞬間、ステイシーの頭部が球体状の水で覆われる。

 顔中を水で覆われたステイシーは息ができず、手で水を剥がそうとする。


「無駄よ。あがいたところで私が解除しない」

「っ……!」


 手は水を通り抜けてしまい魔法を解除することはできない。

 それを理解したステイシーはマチルダに向かって走り出す。


「へ?」


 口に水が入ってしまい詠唱は不可能。

 それでもステイシーが幾度となく発動させてきた硬化魔法は無詠唱だとしても高精度で発動できる。


「ちょ!?」


 ステイシーが何をしようとしているのか理解したマチルダは目を見開いた。

 ステイシーは呼吸を《《我慢して》》マチルダに殴りかかろうとしていたのだ。

 一定座標に水を固定する魔法は集中力が必要になる。

 その場から動けないマチルダは慌てて魔法を解除して逃げようとするが、もう遅かった。


「〝剛腕硬化(ナックルハドゥン)!!!〟」

「がはっ……!」


 腕を硬化したステイシーによる一撃はマチルダの顔面を捕らえて場外まで吹っ飛ばす。

 その際、血と歯が飛び散って観客の女子生徒から悲鳴が上がった。


「はぁ……はぁ……! 勝ち、ました!」

『最終ブロック勝者はステイシー・ルドエだぁぁぁ!』


 ステイシーが拳を突き上げるのと同時に割れんばかりの歓声が轟く。

 気がつけば、ポンデローザもまた拳を固く握りしめていた。


「あっ、やば」


 あまりにも力強く握り締めたせいで、クレープの中身が飛び散ってポンデローザは慌てて自分の制服を拭く。


「ステイシーちゃん……ホント、あなたはすごいわね」


 舞台上で拍手喝采を浴びるステイシーを眺めながら、ポンデローザはどこか高揚感を覚えていたのだった。


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