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第77話 運命に立ち向かう覚悟

 生徒会室での会議が終わり、寮に戻ったポンデローザをスタンフォードが呼び止める。


「待てよ、ポン子」

「……ここは廊下ですわ。その呼び方はやめてくださいませ」


 ポンデローザは表向きの口調を崩さずにスタンフォードを注意する。


「悪い。じゃあ、場所を変えるぞ」


 迂闊だったと反省したスタンフォードは人目に付かない場所へとポンデローザを連れて移動することにした。

 寮の自室へとポンデローザを連れ込んだスタンフォードは、改めて尋ねる。


「どうしたんだよ。ルドエ領から戻ってから元気ないぞ?」

「あんだけやらかして元気盛り盛りなわけないじゃない」


 自嘲するように呟くと、ポンデローザは真剣な表情を浮かべて告げる。


「スタン、今回のイベントは〝負けイベント〟よ」

「負けイベント?」

「ええ、あなたはブレイブに負ける。これは覆せない流れよ」


 有無を言わせない圧を感じさせながらポンデローザは告げた。

 いつもとは比べものにならないほどにポンデローザは原作へこだわっていると感じたスタンフォードは、ポンデローザがそこまで言い切る根拠を尋ねた。


「その根拠は?」

「原作以外にあると思う? ブレイブじゃ当然操作キャラクターはブレイブ君だけ。当然勝つまでイベントは終わらない。ハートの方は負けたスタンフォードをメグが慰める恋愛イベントだし、どうあがいてもあなたは負けるの」


 BESTIA BRAVEでの操作キャラクターは当然ブレイブであり、スタンフォードと滅竜魔闘で戦う展開もある。

 そこでは、戦闘画面で敗北したとしてもやり直しとなり、勝つまでストーリーは進まない。


 BESTIA HEARTには戦闘システムがないため、スタンフォードルートのストーリーイベントとして滅竜祭でのストーリーが存在する。

 その場合、滅竜魔闘で敗北して悔しがるスタンフォードを慰めるといった内容のイベントが発生するのだ。


「移植版、操作キャラ切り替え、バグ……」


 そこでふと、スタンフォードは脳内に引っかかる言葉があった。

 どこで聞いたかは全く思い出せないが、思い浮かんだ単語はとても大切なものな気がした。

 スタンフォードはそこで、今まで聞いたことがなかったことをポンデローザに尋ねた。


「BESTIA BRAVEの移植版はどうなんだ?」

「移植版? そんなの出てないわよ。少なくともあたしが死ぬ前には出てないわ」


 思い浮かんだ一つの希望。

 移植版では操作キャラが変更可能で、スタンフォードを操作キャラとして選択できればブレイブに勝利することも可能なのではないか。

 そんな淡い希望はポンデローザの言葉によって否定された。


「とにかく、原作の流れには逆らえないの。また大怪我しないように今回はそこそこ力を出して負けておきなさい。せっかくの学園祭なんだし、メグとデートでもしておいた方がよっぽど有意義だわ。そっちは原作にもあるしね」

「さっきから聞いてれば随分と言いたい放題だな」


 ポンデローザの身勝手な言い分に、さすがのスタンフォードもカチンときた。


「原作原作って、ポン子は僕や回りの人達を何だと思ってるんだよ」

「何よ……どうせ決まった流れに戻されるなら初めから無駄なことはしない方がいいに決まってるでしょ」


 スタンフォードが珍しく怒気を含んだ言葉を発したことで、ポンデローザはどこかバツが悪そうな表情を浮かべる。


「この前のコメリナの件やルドエ領のことでわかっただろ。原作ばっかり見て動いてもダメなんだよ。原作に影響ない部分だからってやったことも影響が出てくるんだよ」


「そこはうまく調整──」


「できてないだろ」

「うぐっ……」


 ポンデローザは原作との乖離具合も考慮して、目指している唯一のルートから離れないように調整をしている。

 その調整は物語全体の流れを見て、重要人物がどういった動きをするかというものの調整だ。

 言い方は悪いが、チェスの盤上で駒を動かしているような調整の仕方だった。


「お前、原作の登場人物なら感情関係無しに原作通りに動くとでも思ってるんじゃないか?」


 チェスで駒を動かすときに、駒の感情まで考慮する者はいない。

 ポンデローザのやり方は、人の感情を考慮せずに原作の流れを重視したものばかりだった。


「じゃあどうしろって言うのよ……」


 ポンデローザは声を震わせて呟く。

 その目には大粒の涙が浮かんでいた。


「あたしだって、原作通りに動くなんて反吐が出るわよ! でも、しょうがないじゃない。あたしには原作しかないの!」


 ずっと蓋をしていた感情。

 それはスタンフォードの心を刺す言葉によって勢いよく外れてしまった。


「あんたはいいわよね! 転生しても何も知らずに呑気によろしくやってたんだから! あたしはね、ずっとずっとずっと……ずっと! 自分の運命をどうにかしようって頑張ってきた!」


 堰を切ったようにポンデローザは思いの丈を叫ぶ。


「どうしてうまくいかないのよ……あたしはこんなに頑張ってるのに!」


 それはポンデローザがずっと抱えていた悩みだった。


「あたしだって好きでこんなことしてない! 後悔だらけよ! やって良かったなんて思えたことなんて全然なかった!」


 ポンデローザとて、原作通りの流れにするために人の感情を無視することに何も思わなかったわけではない。

 むしろ、強い罪悪感を抱いていままで生きてきたのだ。


「攻略対象のみんなの悩みをどうにかしようなんて考えなきゃ良かった! そうすれば、信頼を失うことなんてなかった!」


 ポンデローザは幼少期、原作攻略対象の者の元へと押しかけてそれぞれが抱える悩みを解決しようとした。

 その結果、得られたものはなく、信頼を失ったあげく家からの指導も厳しくなった。


「あなたを助けようとライザルクに挑まなきゃ良かった! そうすれば、死にかけることもなかった!」


 スタンフォードが負けるとわかっていて死にかけることを嫌い、原作の穴をついてライザルクに挑んだ。

 その結果、自分もスタンフォードも死にかけることになった。


「生徒会特別調査班なんて作らなきゃ良かった! そうすれば、コメリナちゃん達が幻竜と戦うこともなかった!」


 ルーファスの予想外の行動を予測し、原作からの乖離を防ぐためにコメリナへ無理矢理役職を与えた。

 その結果、コメリナは原作の隠しダンジョンにある高難度クエストで出現する強敵と戦うことになった。

 もし、スタンフォードがコメリナを立ち直らせていなければ、コメリナ達が無事だった保証はない。


「ルドエ領に行こうなんて言わなきゃ良かった! そうすればリオネスに殺されかけることもなかった!」


 原作でのストーリーイベントが発生しない期間にルドエ領に向かえば、原作での出来事は起きないだろうと思っていた。

 その結果、原作通りにスタンフォードはリオネスの毒牙にかかり、自分も殺されかけることになった。


「だって、どうせ全部原作通りになっちゃうんだもん! あたしやあんたが何したって全部無駄になるの!」


 ポンデローザは原作に翻弄され続けた。

 どうにか原作通りにならないように、自分と周囲が幸せになれればいいと思っていた。

 だが、そのどれもが裏目に出て、強制的に原作の流れに押し戻される。

 いつしかポンデローザは自分の行動など、無意味なのではないかと思うようになってしまっていた。


「こんなことなら、転生前に人なんて助けるんじゃなかった……そうすれば転生なんてすることもなかったのに!」

「っ!」


 ポンデローザの言葉で、スタンフォードはある光景が頭を過ぎった。


『危ない!』


 前世での最期に見た光景。

 歩道橋から転げ落ちていく自分を必死に助けようと手を差し伸べる見ず知らずの女性。

 彼女こそ、ポンデローザの前世の姿だったのだ。


「そうか、そうだったんだ……」


 全てを理解したとき、スタンフォードの中での覚悟が完全に決まった。

 転生する前から自分を助けようとしてくれていた女性。

 そんな彼女に、スタンフォードはある提案を持ちかけた。


「ポン子、僕と賭けをしないか」

「え……?」


 唐突に告げられたスタンフォードからの言葉に、ポンデローザは困惑したように顔を上げた。


「僕が滅竜魔闘で優勝するのは原作の流れからしてあり得ないだろう? だったら、滅竜魔闘で優勝したら僕の勝ちだ」

「勝ったら何を望むの……」


 ポンデローザにはスタンフォードの言わんとしていることが理解できた。

 怯えた表情を浮かべるポンデローザに対して、スタンフォードは真っ直ぐにポンデローザを見据えて告げる。


「原作なしで君の運命を変える手伝いをさせて欲しい」


 かつてポンデローザは劣等感に苦しみ、嘆いていた自分を救ってくれた。

 だからこそ、スタンフォードは心からポンデローザを救いたいと思っていた。


「無理よ、だって原作がないとあたしは何もできない」


 自分にとっての唯一の存在価値。それを捨てることになる。

 ポンデローザにとって、原作は自分を苦しめるものでありながらも、たった一つの希望でもあった。


「それは違う!」


 しかし、それをスタンフォードは真っ向から否定する。


「僕は君に救われた。それは原作があったからじゃない! 君自身の言葉と行動に救われてきたんだ!」


 スタンフォードが挫折から立ち直り、徐々に周囲と打ち解けて充実した日々を送れるのはポンデローザが原作知識を持っていたからではない。

 彼女が共に寄り添い、自分を支えてくれたからなのだ。


「だから、今度は僕が君を救う番だ」


 そう告げると、スタンフォードは王家の外套を羽織って部屋を出る。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。


 運命に立ち向かうため、スタンフォードは決意を胸に鍛錬場へと向かうのであった。


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