第65話 初代守護者
穴に落ちたスタンフォードとステイシーは大きな空間に出たことを感じ取ると、即座に受け身を取った。
身体能力が高い二人は、そのまま怪我をすることもなく地面に着地した。
「ここはどこだ?」
「千年樹の下にこんな空間があったなんて……」
二人が落ちた先にはおびただしい数の魔導書や魔法実験用の器具などが存在していた。
スタンフォードは周囲を見渡しながら、机の上に置いてあった古びた手記を無造作に手に取った。
そこにはリーシャ・ルドエの名前が記載されていた。
「どうやらここはリーシャ・ルドエの工房みたいだね」
「ご先祖様の?」
魔法の研究を活動の主体としている魔導士は、研究のために自分の工房を持つことが多い。
リーシャも嫁ぎ先であったルドエ領で、魔法を研究するために領内に自分の工房をこさえていたのだ。
「そんな話は残っていませんでしたが……あっ」
ルドエ領内にリーシャの工房があったという話は聞いたことがなかったステイシーだったが、何かに気づいたように上の穴を見上げた。
「さっき、ぼんじりさんがつついていた場所は工房の入り口で、リーシャ様の血を引く私の血が付着したことで入り口が開いたのではないでしょうか」
「なるほどね。確かにそれはありえるな」
納得しかけたスタンフォードだったが、そこで、ふと何かが引っかかった。
それはぼんじりの行動だ。
ぼんじりはまるで先年樹の下に何かがあるとわかっているかのような様子だった。
さらには、ステイシーの手をついばんで出血させて、工房の入り口の鍵を開いた。
知能が高い、などという言葉では片付けることができないぼんじりの行動に、さすがのスタンフォードも狐につままれたような気持ちになっていた。
そんなとき、工房の奥から声が聞こえてきた。
『人と話すのなんて何年振りかしらね』
「「誰!?」」
二人は突然現れた存在に、臨戦態勢を取った。
空気が張り詰める中、姿を現した女性は飄々とした様子で告げた。
『そう警戒しないでよ。あたしは思念体。実態がない以上、害はないわ』
「ポン、子?」
現れた女性の顔を見て、スタンフォードは呆気にとられた。
その姿はポンデローザそっくりだったのだ。
違う点を挙げるとすれば、ポンデローザのトレードマークである巻き髪がただのポニーテールだったという点くらいである。
『あんなポンコツ娘と一緒にしないでくれる?』
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、女性は優雅に一礼してから自己紹介をした。
『あたしはムジーナ。あなたなら名前を聞けば誰かわかるんじゃない?』
「ムジーナって、初代守護者の一人じゃないか!」
『そうね。それでもってこの国の初代王妃であり、女王だった女よ』
得意げに笑うと、ムジーナはステイシーにも視線を向ける。
『そっちの子は、この工房の主の子孫の子ね』
「は、はい! ステイシー・ルドエと申します!」
『よろしくね』
畏まったように頭を下げるステイシーに、ムジーナは優しい笑みを浮かべた。
「それで、どうしてムジーナ様はこの場所に?」
『この工房は元々あたしの思い出の場所でね。ちょうどいい洞窟があったってリーシャが勝手に工房化しやがったのよ』
「な、何かすみません……」
先祖であるリーシャがムジーナの思い出の地を荒らしたことを知り、ステイシーは申し訳なさそうに頭を下げた。
『気にしないで。リーシャも未練がましく魂で漂うあたしを実体化させてくれたから、恨んじゃいないわ。ちょっとムカついただけよ』
「未練?」
ムジーナは偉大な女性として歴史にその名を残している。
初代国王ニールと共に敵国ミドガルズ王国との戦いに勝利し、国王の死後も王国の繁栄に貢献した。
戦場では、竜人の大群をたった一人で殲滅したこともあり、彼女は〝氷結女帝〟と呼ばれていた。
ヴォルペ家も最も濃く王族の血を引いている名家として、今も繁栄している。
そんな彼女が抱える未練というものがスタンフォードには気がかりだった。
『ミドガルズオルムのことよ』
「っ!」
ムジーナの告げた名前に、スタンフォードは息を呑んだ。
ベスティアシリーズにおけるラスボスの名前であり、スタンフォードやポンデローザが死の運命を背負った元凶。
その名前が初代守護者であるムジーナから告げられたことで、スタンフォードは今後に関わる重要な情報が聞けることを期待した。
「それって、レベリオン王国に厄災を振りまいたって言われる蛇神竜ミドガルズオルムのことでしょうか?」
『ええ、あたし達にとっては憎んでも憎み足りない存在よ』
ムジーナは悔しげに拳を握りしめると、痛々しい表情を浮かべる。
『初代国王――いえニールはミドガルズオルムに殺された』
「えっ、そんなはずは……」
レベリオン創世記では、ミドガルズオルムは初代国王であるニールが倒したことになっている。
歴史との食い違いにステイシーは怪訝な困惑した表情を浮かべた。
『歴史っていうのは必ずしも正しく伝わるわけじゃないの』
ため息をつくと、ムジーナは語り出した。
『ミドガルズオルムはとにかくしつこい奴よ。あいつはニールに倒される前に闇魔法で転生の準備をしていたの』
蛇、転生という単語を聞いたこともあり、スタンフォードの脳内に、前世で流行っていた料理動画の〝はい、エドテン♪〟というフレーズが頭に思い浮かんだが、すぐに振り払った。
『倒しきれなかったミドガルズオルムの本体は、ニールの墓に今も厳重に封印されているわ。長い時を超えて転生し、生き続けているミドガルズオルムは今、本格的に復活しようとしている』
ムジーナが告げた衝撃の事実にステイシーが息を呑む。
スタンフォードは、原作通りの流れだったこともあり、落ち着いて先を促した。
「あなたはどうしたいんですか?」
『ミドガルズオルムを消し去りたい。ニールが作り上げたこの国を守りたいの』
はっきりとムジーナがそう告げると、スタンフォードも真っ直ぐにムジーナの目を見て答えた。
「ミドガルズオルムは僕達が倒します」
『ふふっ、やっぱりあなたニールそっくりだわ』
スタンフォードの決意を目の当たりにしたムジーナは、懐かしさを噛みしめながら笑顔を浮かべた。




