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第44話 絶望の悪役令嬢

 ただ人を助けようとしただけなのに、どうしてあたしがこんな目に合わなければいけないのか。

 新たにこの世に生を受けたときから、ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペは毎日のように自分の境遇を嘆いていた。

 ベスティアシリーズはポンデローザにとって一番好きなゲームのシリーズだった。

 自分がベスティアシリーズの世界に転生してしまったことはすぐに理解できた。

 そして、ポンデローザという死ぬ運命にあるキャラクターに転生したことはポンデローザにとって絶望でしかなかった。

 日本に戻れることにかけて前世と同じ死因で死のうとした彼女を誰が責められようか。

 前世が充実していた彼女にとって、この転生は救いでも何でもなかったのだ。

 それからしばらく塞ぎがちだったポンデローザだったが、このまま何もしないわけにはいかないと立ち上がった。


 この世界はゲームではない。ならば、自分に立つ予定の死亡フラグを全て潰してしまえば自分は死なずに済む。


 そう思って、彼女はゲームの攻略対象達と接触することにした。

 前世から行動力のあったポンデローザは早速行動を起こした。

 攻略対象達に会いに行き、原作知識を元に彼らが抱える悩みを早めに解決して強くなるための方法を伝える。


 それを行った結果、ポンデローザは攻略対象からの信頼を失った。


 当然である。交流のなかった人間から自分の抱える問題を言い当てられ、解決案を提示される。

 そんなもの受け入れられるわけがない。

 特に当時は生真面目だったルーファスは、公爵家の令嬢に相応しくない行動を繰り返すポンデローザを毛嫌いしていた。

 ポンデローザに振り回されたことで迷惑をこうむっていたことから、ヴォルペ家には正式に苦情が届き、ポンデローザはより一層厳しく躾けられることになってしまったのだ。

 自由を奪われ、強制的に原作通りの流れに押し戻される。

 そんなことを繰り返している内にポンデローザは、次の手を打つことにした。

 それはBESTIA HEARTの移植版である〝BESTIA HEART~金色の英雄~〟の隠しルートに行くことだった。

 そのルートは唯一ポンデローザが生き残ることができるルートだった。

 レールを外れることはできない。ならば、レールを切り替えて自分の望むルートに進むしかない。


 苦しかろうと、悲しかろうと、寂しかろうと、歩みを止めることは許されない。


 こうしてポンデローザはお転婆で手が付けられない令嬢から、表向きは貴族令嬢の鑑と呼ばれる存在になっていくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねぇ、ミカ。ハートの移植版始めたんだけど、ポンちゃんってこんな良い子だっけ?」


 落ち着いた雰囲気の喫茶店で、一人の女性が怪訝な表情を浮かべて友人へと問いかける。


「メグは選択肢間違う度に鳩に糞落とされてイライラしてたから、そう思うのも無理ないか。移植版はポンデローザのエピソードも結構追加されてるの。人気キャラだからバックグラウンドを強化してのエピソード追加なんてよくある話よ」


 メグの疑問にミカは買ったばかりの乙女ゲーム雑誌を読みながら淡々と答える。


「いや、私も別にポンちゃんのこと嫌いじゃないから」

「そうなの?」

「性格はあんまりだけど、一途なのは可愛かったからね。ベスティアシリーズの前にやってた乙女ゲーで、主人公が攻略対象の取り巻きの女に殺されたりしたから、余計に可愛く見えたくらいよ」

「メグがやる乙女ゲーは本当に殺伐としてるね……」


 メグが好んでプレイしているゲームでは、人が容易く死ぬような殺伐とした世界観のものが多い。

 伝記物、歴史物、どれも妖怪などが出てきてストーリー上では簡単にキャラクターが命を落とす。

 ミカは普段は優しい友人が殺伐とした世界観を好んでプレイしていることに、若干闇を感じいていた。


「それより、学園祭イベントって戦闘はあるの? 長期休暇期間に強化イベントあるなら取り逃ししたくないんだけど」

「あー、一応回復魔法のパラメーターは上げておいた方がいいよ。スタンフォードルートだと、一定以上回復魔法の数値ないとフラグ折れるから」

「相変わらず隠しルートは容赦ないなぁ」


 ベスティアハートのスタンフォードルートでは、少しでも条件を達成できなければ容赦なくフラグが折れてルートから外れてしまう。

 現実でいうところの夏休みに当たる期間の内に、主人公の回復魔法のパラメータを上げることは必須だった。


「てか、あたし結構ネタバレみたいになっちゃってるけどいいの?」

「うーん、ストーリーのネタバレじゃないし、この期間の内にこれやっといた方がいいっていうアドバイス程度なら大丈夫だよ。私はそういうの自分で見つけてプレイしたいってタイプじゃないし」

「ならいいんだけど」


 会話が一段落した二人は、注文していたケーキや紅茶に手を付け始める。

 好物であるチーズケーキを幸せそうに頬張っていると、メグはふと気になっていたことをミカに尋ねた。


「そういえば、ベスティアシリーズって普通に日本の食べ物とか出てくるよね。オムライスとかナポリタンとか」

「言われて見ればそうよね。まあ、中世ヨーロッパ風の世界観ってだけで、中世ヨーロッパそのものじゃないからね。ゲーム内がインフラ整備されてない衛生観念最悪な世界ってやでしょ?」

「あははっ、それはそうだ。ゲームの中くらい綺麗な方がいいもんね」


 メグはミカの最もな言葉に笑いながら同意した。

 だが、やはり設定部分が気になるのかすぐに思案顔になる。


「でも、こういうのって実際どうやって出来てるんだろうね」

「ミカはすぐ設定部分にツッコミ入れるよね」

「だって、気になるじゃん」

「魔法がありゃ何とかなるでしょ」


 ミカは設定部分よりもストーリーやキャラクターの魅力を重視するタイプだったため、特にこういった設定部分に関しては気にしていなかった。


「魔法が万能過ぎるなぁ」

「魔法なんだから万能でいいじゃない」

「ミカって結構細かいこと気にしないタイプだよね」

「だっていちいち気にしてたらキリがないじゃん。嫌なことは忘れる、細かいことは気にしない。それが精神衛生上一番楽なんだから」


 ミカは細かいことは気にしない性格だった。

 メグは以前からそんなミカの性格を羨ましく思っていた。


「出た形状記憶合金メンタル」

「前から言おうと思ってたけど、それ言いづらくない?」

「まあ、そうなんだけど、鋼メンタルって感じじゃないんだよね。次の日になったら忘れるだけど、一応傷つきはするし」

「それ褒めてないよね?」


 揶揄られていると思ったのか、ミカは不機嫌そうに頬を膨らませる。


「ごめんて。私のチーズケーキも食べて良いから」

「ホント!? やったー!」


 メグからチーズケーキをもらったミカは一転して上機嫌になる。


「……ちょろい」

「ん、何か言った?」

「ううん、何も」


 幸せそうにチーズケーキを頬張るミカを見て、メグは口元を緩ませる。

 ミカといると本当に飽きない。

 叶うならばずっと友人でいたい、そんな風にメグは思った。


「あっ、そうだ。学園祭イベントはスタン先生がすっごい格好いいから見逃しちゃダメよ! 涙腺崩壊間違いなしなんだから!」

「おっ、ついにスタン先生も勝利するときがくるんだね!」

「えっ、いや、それはー……」

「待って、何そのリアクション」


 メグの言葉にミカは複雑そうな表情を浮かべる。

 それを見たメグは、スタンフォードが格好いいというイベントでも勝利を掴めないことを理解してしまった。


「と、とにかく格好いいんだから!」

「あのキャラ人気なのに不憫だよねぇ」


 目を泳がせながら誤魔化そうとするミカを見て、メグは深いため息をついた。

 そして、シナリオの都合とはいえどれだけ努力しても敗北を喫する運命にあるスタンフォードへ同情した。


「それにしても、ミカは本当にスタン先生好きだよね」


 スタンフォードのことになると目の色が変わるミカに、メグは呆れたように苦笑する。


「メグは好きじゃないの?」

「好きだけど、性格が割と弟と似ててちょっとね……」

「弟君か……そういえば最後にあったのは中学のときだっけか。典型的なお坊ちゃんタイプで、プライド高そうだったもんね」

「悪い子じゃないんだけどね」


 どこか疲れたようにメグはため息をつく。

 家族のことになると、メグはいつも憂いを帯びた表情を浮かべる。

 ミカは踏み込むべきではないと判断して、話題を変えることにした。


「そうだ、今度一緒にベスティアラジオの公開収録一緒に行かない?」

「あれ、ラジオなんてやってたんだ」

「うん、この前アニメ化したからね。パーソナリティはルーファスとスタン先生の声優さんなんだ!」

「へぇ、その人達は私も知ってるしアーカイブ聞いてみようかな」


 有名声優が担当しているラジオということもあり、メグはミカの提案を二つ返事で了承するのであった。


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