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第41話 罪と罰

 王立魔法学園には、一部の上級機族だけが使用できる密会用の場所がいくつか点在している。

 スタンフォードとポンデローザが度々使用している場所の一つ、学園内にある聖堂の奥にある懺悔室。

 そこは特殊な魔法で防音処理がされているため、貴族同士で秘密の話をするにはもってこいの場所だった。


「……来たね」

「今更何のようだ」


 スタンフォードの呼び出しによってやってきたのは、郊外演習の際にどさくさに紛れてスタンフォードを殺害しようとしたガーデルだった。

 スタンフォードは郊外演習での一件を口外しなかった。

 数少ない目撃者であるステイシーとジャッチにも口止めをして、ガーデルが自分を殺そうとしたことは外部に漏れないようにしたのだ。


「君の今後について話そうと思ってね」

「今後も何も王族の殺害未遂は重罪。極刑以外ないだろ」


 ガーデルは吐き捨てるようにそう言う。

 そこにはスタンフォードに対する謝意や反省などは微塵も含まれていなかった。


「そうやけになるな。ウィンス家の名門の嫡男が王族殺害未遂で処刑なんていろいろまずいだろ」

「未来のない俺には関係のないことだ」


 ガーデルは何もかも失敗し、捨て鉢になっていた。

 ガーデルにとってスタンフォードを害そうとした行動は衝動的なものだった。

 そして、その衝動的な行動が失敗に終われば、後に残るのは後悔と自分を守るための自尊心だけ。

 自分が処刑されるという結果を変えられないのならば、最後まで自尊心を守るために平気な振りをするしかない。

 そんなガーデルの内心はスタンフォードにとって手に取るようにわかるものだった。


「今回の一件、なかったことにさせてもらう」

「貴様の慈悲など受けない」


 スタンフォードからの寛大な言葉をガーデルは一蹴する。

 彼にとってその条件を呑んでしまえば、スタンフォードは器の大きい人間だと認めることになってしまうからだ。


「これは慈悲なんかじゃない。決定事項だ」

「……何?」

「考えてもみろ。このまま処刑すれば君は何の反省もすることなく『自分は間違っていない、悪いのはスタンフォードだ』と死ぬだけだ。それの何が罰になるんだ」


 スタンフォードは自分と似ている部分のあるガーデルをこのままにしておくことはできなかった。

 被害者は自分で、目撃者はステイシーとジャッチのみ。

 事件を隠蔽するのは難しいことではない。


「だから君が一番嫌がることをさせてもらう。今日この時をもってガーデル・ウィンスはスタンフォード・クリエニーラ・レベリオンの臣下になれ。大嫌いな僕の臣下として精一杯働いてもらう。これが僕から君に与える罰だ」

「何、だと……」


 王族の臣下になる。それは普通の貴族ならばこれ以上ない程に名誉なことだ。

 だが、スタンフォードを心から嫌っているガーデルからしてみれば、それはこれ以上ないほどに自尊心を傷つける知らせだった。


「誰が貴様の臣下などになるか!」

「ウィンス家にはもう伝令を飛ばしてある。今頃君の両親は息子の出世を喜んでいることだろうね」

「貴様ァ……!」


 ガーデルは親の仇でも見るような形相でスタンフォードを睨み付ける。

 まだガーデルは自分の罪を自覚できるほど心に余裕がない。

 そう判断したスタンフォードは、ガーデルの心に余裕ができるまでは彼にとっての悪者でいようと決めたのだ。


「自害しようというのならば止めはしない。ただその場合、君は〝王族の臣下になった途端に自害した〟名誉をどぶに捨てた愚か者として有名になるだろう」

「はっ、貴様が主としてふさわしくないから自害したという可能性だってあるだろう?」

「僕がどんな人間だろうと、王族の臣下になることで得られる人脈からウィンス家が得る利益は大きい。君はそんなこともわからない愚か者かな?」

「ぐっ……!」


 言葉に詰まったガーデルは、力なく項垂れるとスタンフォードに尋ねた。


「……何故、そんな提案をする。貴様は俺に何を求めているんだ」


 自分を殺そうとした人間を生かして、臣下にするなど通常ならばあり得ない行動だ。

 自尊心の塊で周囲を見下していたスタンフォードがそんな行動を取るなど、ガーデルには理解不能だった。

 そんなガーデルに対して、スタンフォードは深々と頭を下げて告げた。


「僕だけじゃどうしようもないことがたくさんある。それを乗り越えるために君の力が必要なんだ。だから力を貸して欲しい」


 風魔法の名門であるガーデルの実力は折り紙付きだ。

 今度、激化していくであろう戦いを乗り越えるためにも優秀な能力を持つ人間は必要不可欠だ。

 だからこそ、スタンフォードはガーデルの力を欲した。


「……承知致しました」


 憎い相手であるスタンフォードが、自分の力が必要だと言って頭を下げてきた。

 そのことが、ほんの少しだけガーデルの溜飲を下げる結果となった。


「此度の件、誠に申し訳ございませんでした。また愚かなこの身に余る寛大な処分、心から感謝致します。このガーデル、粉骨砕身の精神でスタンフォード殿下にお仕えさせていただきます」


 どこまでも事務的で全く心が籠もっていない言葉。

 それでも、スタンフォードはガーデルの謝罪を受け入れることにした。


「ああ、君のこれからの活躍に期待しているよ」

「はっ!」


 形から入ることも大切だ。

 慌てずゆっくりと臣下となったガーデルに向き合っていこう。

 スタンフォードはそう心に誓うのであった。


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