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第21話 落ち込むポン子

「うぅ、やっちゃったよー……」

「いつまで落ち込んでんだよ。ポン子らしくもない」

「だってぇ……」


 寮にあるスタンフォードの部屋に来たポンデローザは酷く落ち込んでいた。

 マーガレットとの口論、ハルバードからの注意を受けたことによって彼女の精神は擦り減っていた。

 いつもならすぐに復活するポンデローザだったが、こうも連続で畳みかけられるとさすがにすぐには立ち直れなかった。


「マーガレットがあんなに感情的になるなんて……」

「珍しいよな。あの人、基本的には物静かなのにな」


 マーガレットは困っている人がいれば積極的に助けるタイプの人間ではあるが、基本的に争いごとは避ける傾向にあった。

 ましてや身分が上の貴族に喧嘩を売るようなことは今まで一度もなかったのだ。

 ポンデローザに対しても、普段から避けるか当たり障りのない対応をしていた彼女がこうまで感情を顕わにするなど、思ってもみなかった。

 心のどこかではいつか仲良くなれるだろうと希望を抱いていたポンデローザにとって、今日の口論でマーガレットに言われた本音は彼女の心を抉るには十分すぎる鋭さを持っていたのだ。


「なあ、ポン子。前世の話でもしないか?」

「前世の? 急にどうしたのよ」

「いや、せっかく同じ転生者同士なんだし、こういう会話ができるのも醍醐味かなって思ってさ」


 スタンフォードはこれ以上しおらしいポンデローザを見ていると調子が狂うと思い、話題を変えることにした。


「前世ねぇ……好きだったゲームの話や推しのVtuberとかの話はできるけど、わかんない人には結構つまんないと思うよ?」

「確かに好きなジャンルはかぶってないかもな」


 スタンフォードとポンデローザは同じオタクといっても、好きなジャンルが決定的に異なっていた。

 ちょっとしたネットで流行ったネタなどは共有できるが、趣味の話になると話が合わないことも多々あった。


「じゃあ、学生時代の話とか聞かせてくれよ」

「話題振るの下手ねー」

「悪かったな……」

「ううん、気遣ってくれてありがと」


 今まで自慢話を一方的にするというコミュニケーションの取り方をして生きてきたスタンフォードにとって、相手を気遣って話題を振るというのは苦手分野だった。

 そんな不器用な優しさを感じたポンデローザは笑顔を浮かべる。


「そうだなぁ、あたし頭はあんまり良くなかったからなぁ」

「知ってる」

「殴るわよ」


 スタンフォードの軽口にいつものように強気で返すと、ポンデローザは前世を振り返るように語りだした。


「前世でのあたしは成績はいつも赤点だらけで先生に怒られてばかりだったわ」

「だろうな……」


 スタンフォードには、バツだらけの解答用紙を抱えて教師に説教されているポンデローザの姿が容易に想像できた。


「でも、仲の良い子はそれなりにいたわ。正直、周りとどっかズレてて変なことばっかりするあたしの行動を楽しんでただけだったと思うけど」

「つまり、クラスのマスコットみたいな扱いだったのか?」

「そうね、そんな感じ」


 ポンデローザは前世において周囲に愛される人間だった。

 ただそれは可愛くて面白い子という愛玩動物的な愛され方だった。

 遠巻きに見て楽しむ。

 当時の彼女の周囲にいた人間はそんな接し方をしていた。


「でも、心から仲良くしてくれた子もいたんだ」


 昔を懐かしむようにポンデローザはどこか寂し気に呟く。


「その子はしっかり者のようで、どっか抜けてて、変なとこで頑固だったなぁ。あたしが周りの子達に笑われてるのを本気で怒ってくれる子だった」

「へぇ、いい友達じゃん」

「あたしにとっては唯一無二の親友よ」


 ポンデローザは心から誇らしげにそう言って笑顔を浮かべた。

 それからスタンフォードへと友人の話題を振った。


「スタンって友達はいるの?」

「友達ねぇ……今も昔も勝手に纏わりついてくる奴らならいくらでもいたけど」

「それは友達じゃないでしょ」


 スタンフォードは前世ではとにか勉強ができ、人に教えるのもうまかった。

 友人らしい友人こそいなかったものの、勉強家で有名だったこともあり試験前になるとこぞって学力に自信のない者が集まってきていたのだ。


「でも、勉強を教えたことがきっかけで仲良くなったりしなかったの?」

「バカのノリはうざいから合わなかったって、当時の僕は思ってた」

「あんたマジで周りの人間見下して生きてきたのね」


 素で自分以外を見下していたスタンフォードに、ポンデローザは若干引いていた。


「反省はしてるよ……」


 人を見下して生きてきたことによって返ってきた数々の出来事を思い出し、スタンフォードはバツが悪そうな表情を浮かべた。


「最近はどうなの?」


 ポンデローザに尋ねられ、スタンフォードは最近の自分の交友関係を思い返す。

 関わりがある人間といえば、マーガレット、セタリア、ブレイブ、ヨハン、その他家の付き合いがある者達、そしてポンデローザだ。


「リアは婚約者、ブレイブは論外、ヨハンは昔からやたらと話しかけてくるだけ、ラクーナ先輩とは良い先輩後輩関係だとは思う。友達って言えるのはポンデローザくらい、か」

「あっ、友達だって思ってくれてたんだ……へへ、何か照れるわね」


 スタンフォードに友達だと言われたポンデローザは口元を緩めて嬉しそうに呟いた。


「でも、もっと信頼できる友達はいた方が――って、言ってもあたしもいないのよね。家の付き合いで仲良くしてる子達はいるけど、とても友達とは言えないし」

「あの取り巻きの二人は?」

「フェリシアとリリアーヌは分家の子達だもの。こっちがフランクにすると逆に困らせちゃうの」


 普段からポンデローザにお供しているフェリシアとリリアンヌは、ヴォルペ家の分家に当たる家の出身である。

 幼い頃からの付き合いではあるが明確な上下関係がある以上、親しくはできなかったのだ。


「それにあんまり深入りすると、辛くなるのはこっちだし」

「どういうことだ?」

「あ、気にしないで。独り言」


 誤魔化すように笑うと、ポンデローザは手をひらひらと振りながら話題を変えた。


「それより、ライザルクのイベントも近いんだから鍛えておきなさいよ。スタンが直接戦うわけじゃないにしても魔物と戦うんだから油断は禁物よ」

「それは言われなくても大丈夫だ」


 スタンフォードは毎日のように見る〝ブレイブに舞台上で負ける悪夢〟のおかげで鍛錬に身が入っている。

 少なくとも、彼は一般的な魔物に負けるほど弱くはなかった。


「むしろ、そっちより俺は明後日のラクーナ先輩の誕生日イベントの方が心配だ」

「た、誕生日!?」


 誕生日という単語を聞いた途端、ポンデローザは目を見開いて立ち上がった。


「知らなかったのか?」

「完全に忘れてた! どうしよう!?」


 原作では主人公であるマーガレットの誕生日はプレイヤーが自由に設定でき、その日付になると自動的に他のイベントを無視して誕生日イベントが始まる。

 この誕生日イベントは、ストーリーの本筋を無視した突発的イベントだった。

 そのため、ポンデローザは誕生日イベントの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。


「というか、わかってたなら報告してよ!」

「いや、ベスティアシリーズに詳しいポン子なら把握してると思ってて」


 ポンデローザはこれまで原作知識を利用してスタンフォードをサポートしてきた。

 その知識は細部までに渡り、細かなズレすらも修正してイベントの発生条件、日時も正確に絞り込んでいた。

 そのため、スタンフォードは今回も無意識の内にポンデローザが何とかしてくれると思い込んでしまっていたのだ。


「報連相! 社会人の基本でしょ!?」

「会社の上司のみたいな怒り方しないでくれよ、トラウマなんだ……」


 ポンデローザのあまりの剣幕に、スタンフォードは会社員時代を思い出して萎縮しながら呟いた。

 そんなスタンフォードの様子など気にも留めずにポンデローザは慌てて部屋を飛び出そうとする。


「こうしちゃいられない! プレゼントを買いに行くわよ!」

「もう店は閉まってる時間だろ。寮の門限もある」


 スタンフォードは半ばパニックになって飛び出そうとしているポンデローザの腕を掴んで止める。


「ぐぬぬ……じゃあ、明日の放課後に学園街へ行くわよ」

「おいおい、二人で出かけるのはまずいだろ」

「レモンヌの恰好で行くから大丈夫よ」

「なら、大丈夫か……」


 こうして急遽、マーガレットの誕生日イベントへの準備が始まるのであった。


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