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第2話 全てが終わった日

 カチャカチャとボタンを押す音が部屋に響き渡る。

 大きな液晶画面を前に、コントローラーを握った青年は顔色一つ変えずにキャラクターを操作していた。

 巨大なモンスターが素早い動きで翻弄し、操作キャラクターに襲い掛かる。

 その全てを最適化された動きで躱し、青年はあっという間にモンスターを最小限の攻撃で討伐してしまった。


「……あと一つで最後のクエストか」


 コントローラーを放り出すと、ため息をついて青年――才上進(さいじょうすすむ)はベッドに寝ころんだ。

 目を瞑りそのまま眠気に身を任せて眠ろうとしたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。


「ご飯できたよ。持ってくる?」


 部屋をノックしたのは進の姉だった。


「いや、たまにはあの人達とも食べるよ。姉さん一人じゃ相手するの大変でしょ」


 進は表情に影を落とすと、重い腰を上げてベッドから起き上がった。


 リビングに降りて食卓に座ると、進は黙々と用意された食事に口を付けた。


「それで、就職活動は順調なのか?」


 唐突に父親が発した言葉で進の箸が止まる。

 就職活動。

 その単語は、進が今最も聞きたくない言葉だった。


「いや、それは……」

「まさか、就職活動していないのか」


 口ごもった進を見て、父親は呆れたようにため息をつくと言い聞かせるように告げた。


「進。お前なぁ、入社二年で会社が嫌になって辞めた根性なしなんて、期間開けたらどんどんとってもらえなくなるんだぞ。まったく、甘えるのもいい加減にしろ」

「そうよ。進が仕事で失敗ばっかりしていたのは頑張ってなかったからでしょ。いい加減、頑張ってみたら?」


 進は会社で自分なりに頑張っていたという自覚を持っていた。

 仕事の覚えも周囲より早く、任される仕事もどんどん増えていった。

 しかし、進は異常にミスが多かった。

 小さなミスから会社に損害を与えるレベルのものまで、進はとにかくミスを繰り返した。


 原因は彼のコミュニケーション能力の欠如によるものだ。

 彼は社会人の基本である報連相がまるで出来ていなかった。

 最初は笑って許してくれていた先輩社員も、同じミスを繰り返す進に呆れ、進は社内で〝仕事のできない奴〟という烙印を押された。

 特段いじめなどがあったわけではないが、周囲の反応が冷たくなり、同期達から見下された視線で見られることに進は耐えられなかったのだ。

 そのうち新しい仕事を任されることもなくなり、ただ給料をもらいに会社と自宅を往復する日々。

 人によっては羨ましいと思うその状況も、自分が優秀な人間であると信じて疑わなかった進にとっては受け入れられる状況ではなかったのだ。


「……僕だって頑張ったさ。でも、どうしても失敗ばっかで……」

「何言ってるの! 私の息子がそんな無能なわけないじゃない! あなたの学費にいくらかかったと思ってるの!」

「まったくだ。学生時代はあんなに成績優秀だったのにな」

「私も息子がニートだなんて恥ずかしくて友達にも話せないわ。お姉ちゃんだって大企業に勤めているわけじゃないし、本当に肩身が狭いわ」


 進が本気を出さずに怠けた結果甘い考えで仕事を辞めた。

 自分達の息子は優秀であり、うまくいかないのは努力をしていないから。


「いい加減にしてよ!」


 そう信じて疑わない両親に、進の姉は堪忍袋の緒が切れたように叫んだ。


「私達はあんた達のアクセサリーじゃない!」

「何、また私達に反抗するの?」

「うるさい! そもそも二人共偉そうに説教垂れてるけど、お父さんはお爺ちゃんから受け継いだ財産食いつぶしてるだけで社会経験なんてないよね? お母さんだって専業主婦で碌に働いたことないお嬢様だよね? 私達の苦労も知らないくせによくもまあ、そんなこと言えるよね」


 吐き捨てるようにそう言うと、進の姉は食器を片付けて両親を睨みつけた。


「あんた達が普通の会社に入ったところで、一年ももたないよ! 人生イージーモードの連中が偉そうに説教しないで!」

「はいはい、また私達を悪者扱いね」

「姉弟揃ってどうしてこうなったんだか……」


 最悪な空気の中、進は一言も発することなく、黙々と食事を口に掻き込んだ。


 その日の食事の味は、わからなかった。




 夕食を食べ終えて自室に戻った進だったが、ゲームをする気分にはなれなかった。

 両親に言われた言葉が今も進の心を蝕んでいたのだ。

 優秀なのに結果が出ないのは、努力をしていないから。

 苦しい思いをして頑張っても結果は変わらなかった。

 だというのに、両親は自分の苦労も知らずに否定を繰り返す。

 そのことが進の心を呪いのように蝕んでいたのだ。


「進、今入ってもいい?」

「……ああ」


 部屋のドアが控えめにノックされ、進の姉が部屋に入ってくる。

 その表情は進と同様に暗いものだった。


「姉さん、さっきは、その……サンキュ」

「いいって。あそこまで言われたら黙ってられないっしょ」


 当たり前のように進のベッドにゴロンと転がると、進の姉は慣れた手つきで漫画を取って読み出した。


「その、ごめん……僕が逃げてばっかりだから姉さんにまで迷惑かけちゃって」

「逃げたっていいじゃない」


 謝罪の言葉を口にする進に対し、進の姉はまるで気にしていない様子で言葉をかけた。


「真面目に生きてたら疲れちゃうし、嫌なことから逃げてメンタルが健康に保てるならそれでいいと私は思うけどねー」


 そして、重くなった空気を払拭するように進へ話しかけた。


「それより、ゲームの進捗はどう?」

「あとは最後のクエストやって終わりかな」

「ちょ、それ昨日買ったばかりのゲームでしょ!?」


 進の言葉を聞いた進の姉は驚いたようにベッドから跳ね起きた。


「ゲーム始めてからほぼノンストップでやってたからな」

「相変わらず熱意があるときの進はすごいね」


 進のゲームの攻略速度に進の姉は苦笑する。


「先生狩りまくって動き覚えれば大体のモンスターは楽に狩れるからな」

「先生か。そういえば、ベスティアシリーズにも先生って言われてるキャラがいるんだよ」


 先生という言葉に反応した進の姉は楽し気に〝BESTIA BRAVE〟と書かれたゲームソフトを取り出した。


「また乙女ゲーの話?」

「ううん、こっちはギャルゲー。きっと進も気に入るから貸したげる」


 いつも女性向けのゲームの話をされていた進は苦い表情を浮かべたが、進の姉は自慢げに進へゲームソフトを手渡した。


「……サンキュ」

「終わったら、前作のハートの方も貸したげるよ」

「それ乙女ゲームじゃん。まあ、今までさんざん姉さんから借りた乙女ゲームやってきたけどさ……」


 姉の提案に苦笑しながらも、進は内心嬉しさを感じていた。

 自分が落ちぶれても変わらず接してくれる姉に、進の心は救われていたのだ。


 姉だけは自分をわかってくれる――そう思っていた。




 ある日、進が目を覚まして部屋出ると、階段で進の姉が誰かと通話をしているのが聞こえた。


「臨時休業? そっかー、じゃあどこで集まろっか」


 進の姉が定期的に友人と出かけるのは進も知っていた。

 聞こえてきた会話から察するに、いつも集まっている店が臨時休業して困っているようだった。


「えっ、うち? うちはダメだよ! だって……あ」


 目が合った。

 進の瞳に映ったのは〝変わらないはずの優しい姉〟ではなく、両親と同じように世間体を気にし、困ったものを見る表情を浮かべた姉だった。

 その瞬間、進は足元が崩れ落ちていくような感覚を味わった。


「……今日は出かけるから」

「進! 違うの、待って!」


 一瞬にして進が何を思ったか理解した姉が必死に弁解するも、その声は進の耳には届いていなかった。


 姉だけは自分を認めてくれているのだと信じていた

 だが、そんなものは幻想だった。

 よく考えればバカでもわかる。

 ニートで部屋に引き籠っている長所など何一つない家族など、友人に見せられるような存在ではない。


 そんなことも理解できなかった自分に嫌気がさした進は、財布や携帯も持たずに家を飛び出した。

 進は当てもなくがむしゃらに走り続けた。

 寝不足で食事もとらず全力で走ったことで、息はすぐに切れた。

 呼吸も荒いまま、歩道橋を駆け上がる。

 急いでいたわけではない。ただ信号で立ち止まることで、考える時間ができることが嫌だったのだ。


「痛っ」

「……ません」


 歩道橋でぶつかった女性にまともな謝罪もできず、そのまま進が階段を駆け下りようとしたときだった。


「う、わっ!?」


 足がもつれ進の身体が宙を舞った。

 寝不足かつ普段の不摂生から体力もないのに走り続けたことで、進の体は限界を迎えていたのだ。


「危ない!」


 必死に叫ぶ女性の声を最後に、進の意識はそこで途切れた。


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