第168話 空っぽの人間
世界樹の消滅と共にミドガルズオルム本体も消滅した。
しかし、消えないものもあった。
「面会の時間だ」
「やあ、ヨハン。調子はどうだい?」
「やれやれ、新国王陛下は随分とお暇なようだ」
ヨハン・ルガンド。
一連の騒動の黒幕と言っていい存在であり、ミドガルズオルムの意志を色濃く残した分体の一人だ。
聖剣と化したブレイブとスタンフォードの一撃を浴びたヨハンは存在を世界樹から切り離され、そのまま一人の犯罪者として身柄を拘束された。
現在は王都の地下牢で魔力封じの鎖で四肢を拘束された状態で投獄されている。
「あのとき世界樹はガーデルと一体化していた。君をはじき出したのはガーデルの意志によるものだと僕は思っている」
「だとしたらとんだ大バカ者だ。あのとき殺しておけばよかったものを」
「いいや、ガーデルの判断は正しい。君のしたことを考えればあのまま死なせるのは勝ち逃げも同然だったからね」
スタンフォードはこの世にいない臣下の死を悼むように一度目を瞑る。
「あのときの君はミドガルズオルムや世界樹と融合したことで自分を見失っていた。だから、ヨハン・ルガンドとして断罪する機会が必要だった。僕はそう思っている」
「なるほど、情けない話ですがおっしゃる通りで」
ヨハンは弱弱しく、ただスタンフォードの言葉を肯定する。
「獅子のベスティアによって運命から解放された。それで君はミドガルズオルムでない何かになりたかったんじゃないのかい」
「否定はしないさ」
いつものように肩を竦めようとしたが、四肢を拘束されていることもあり、鎖が空しく音を立てるだけ。そのことにヨハンはため息をついた。
「だけど、そこには信念も何もなかった。自分は自分であることを証明したいがために空っぽの野心に振り回された哀れな人間。それがヨハン・ルガンド、君だ」
ヨハンを真っ直ぐに見据えてスタンフォードは告げる。
「処刑まではまだ時間がある。最期くらいは自分らしく生きることについて考えてみるといい」
それからスタンフォードは振り返ることもなく、地下牢を後にした。
空っぽの人間に向ける言葉としてはこれで十分だ。
それよりも、今はこれからを生きる国民達のために動かなくてはならない。
敵の首謀者であるヨハンを生きたまま捕らえられたことは大きい。
他の大臣達はミドガルズオルムの復活に巻き込まれて亡くなっていたり、自害を図った者もいる。
セルペンテ家当主であるジャラーに関しては、ミドガルズオルムに分体として吸収される始末だ。
明確な悪役が生きていなければ、その矛先が誰に向くのか。
最悪の場合を想定し、スタンフォードはため息をついた。
「ここからが正念場だ……」
昔から自分を支えてくれていた婚約者。
彼女を救うため、スタンフォードはこれからのことを考え始めるのであった。




