第165話 リオネス
「ブレスだ! みんな避けろ!」
ブレイブの怒号が轟く。
創世記の怪物の放つブレスは厄災そのもの。禍々しい魔力の塊は広範囲から生命を刈り取りに来る。
「その必要はないよ!」
全員が回避の態勢を取ろうとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「〝破魔・粉砕!〟」
イノシシのような顔をした真っ赤な髪の女が拳一つでブレスを消し飛ばす。
得意げな表情を浮かべる女に目を見開いてブレイブが話しかける。
「あ、アロエラなのか?」
「まあね。この姿、オークっぽくてあんま好きじゃないんだけどなぁ」
アロエラは手の甲に爛々と輝く紋章を見せる。
「猛猪のベスティア。覚醒するまでしんどかったけど、なんかいけたわ!」
「あたし達の苦労って一体……」
「ポンデローザ先輩、アロエラは感覚派なんですよ」
いつの間にかアロエラがベスティアを覚醒させていることにポンデローザは地味にショックを受けていた。彼女にとってベスティアは先祖の魂と引き換えに手に入れた力。
それを普通に自力で覚醒させていたアロエラにモヤっとしていたのだ。
「何はともあれ、スタンフォード・クリエニーラ・レベリオンが臣下アロエラ・ボーア参上! 主様、加勢しますよ!」
「頼もしい限りだよ!」
そして、ベスティアに覚醒したアロエラがこの場にいるということは、彼女に同行していたもう一人の男がこの場にいるということに他ならない。
「〝剣刃豪雨!!!〟」
降り注ぐ刃の豪雨がいともたやすくミドガルズオルムの鱗を貫いていく。
「ルーファス!」
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ! 国中の竜を殲滅して回ってたら遅くなっちまった!」
そこにいたのはまさに餓狼。ベスティアに覚醒した最強の男の姿があった。
『……やれやれ、本気を出した途端にこれはないでしょうに』
ヨハンは心なしか苛立った様子で近くに聳え立つ世界樹へ視線を移す。
『蟒蛇のベスティアは全ての生命を吸い尽くす……世界樹だって例外ではない!』
狂ったように笑うと、ヨハンはミドガルズオルムの巨大な口で世界樹を丸のみにする。
「くそっ、させるか!」
「殿下! そのまま!」
「コメリナ!?」
跳躍してヨハンの隙を突こうとするスタンフォードをコメリナが呼び止めた。
「スタンフォード様……さようならです」
その言葉と共に、リオネスは笑顔を浮かべて突然伸びてきた世界樹の根に捕まる。
「あなたと過ごした日々はあくびが出るような毎日でしたが、悪くありませんでしたよ?」
「リオ、ネス」
毒竜ヒュドラではない長年スタンフォードに仕えた使用人リオネスとしての言葉に、スタンフォードは言葉に詰まる。
「〝猛毒転化!!!〟」
魔法を唱えたリオネスの肉体は融解し、世界樹をも蝕む毒へと姿を変える。
「リオネス――――!」
スタンフォードの手は届くことなく、空を切るのであった。




