第149話 砂の魔女リーシャの手記
工房に入ってみれば、そこは以前訪れたときと違い綺麗に整備されていた。
魔導書の整理だけでなく、設備の整備も完璧に行われている。
それを確認したスタンフォードはますます訝しげな表情を浮かべる。
ガーデルは臣下となってからとにかく従順だった。滅竜祭での言動などから、彼は忠誠心は持っていないいつかスタンフォードに牙を剥くときを待っているようにも見えただろう。
そんな彼がいざスタンフォードを裏切るときにここまで丁寧に仕事をしてから裏切るだろうか。それこそ工房を封じるだけでなく、完全に工房を使えないようにもできたはずだというのに。
しかし、安直にガーデルが実は寝返ったように見せかけて味方であるという確証もない。
何せ今のスタンフォードは何もかも行動が後手に回り、ミドガルズオルムに裏をかかれてばかり。離反する理由としては十分過ぎるのだ。
その上、ガーデルから感じるスタンフォードへの憎しみは一切薄れた様子がない。スタンフォードは時間が解決してくれると思っていたが、ガーデルがスタンフォードの臣下として共にした時間はあまりにも短い。
むしろ臣下として従順に働くことで彼の憎しみは薄まるどころかより強くなっている気がしていたのだ。
「ガーデル、君は何を考えているんだ……」
臣下の行動が理解できず頭を抱えていると、ふと整理整頓された工房の中で無造作に放り出されている書物が目に入った。
「これは、リーシャ・ルドエの手記?」
そこにはかつて砂の魔女と呼ばれたこの工房を作ったリーシャ・ルドエの手記が置いてあった。
ごくりと唾を飲み込むと、スタンフォードは恐る恐るリーシャの手記を開いた。
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異世界転生。そんなものネット小説だけの話だと思っていた。
でも、自分が実際に体験してみるとこれが現実なんだと受け入れるしかないのだと思う。
正直、前世はブラック企業勤めのOLだったし、未練はない。リーシャ・ミガリーとしての第二の人生を謳歌してやろうじゃないか。
どうやらミガリー家は私の存在を疎ましく思っているらしい。日本知識を活かした魔法で目立ちすぎたのがよくなかったようだ。
おかげで辺境の土地の魔力を持たない領主の息子と婚約させられてしまった。
でも、これはある意味チャンスだ。
この流れは追放スローライフモノでよくある流れだ。せいぜい余生は領地を発展させながら悠々自適に暮らしてやろうじゃないか。
私が嫁いでからというものルドエ領は物凄いスピードで発展した。それはもう革命レベルでだ。
おかげで近くの領地とももめ事が絶えなくなったが、その辺は愛する旦那様に丸投げしてやった。私は政治に興味はないのだ。
千年樹とかいうどう見ても桜にしか見えない御神木の下に工房も作れたし、これからはのんびり魔法の研究をさせてもらおうじゃないか。
なんか不審な魔力の流れがあったから工房で設備を作って魂を具現化させたら初代守護者のムジーナだった。
いろいろ事情を聞いてたら私の中にある仮説が過ぎった。
この世界は前世で人気を博したゲームベスティアシリーズの世界なんじゃないかってこと。
ムジーナは確か〝BESTIA ORIGIN〟の登場人物だったはずだ。なるほど、私のいる時代は初代シリーズとオリジンの間の作品化していない時代のようだ。
ラッキー! じゃあ、私が何やっても原作に影響ないじゃん!
そう思ってた。
ムジーナと過ごす内に、自分の存在がこの世界においてとてつもなく重要な位置にいることに気がついた。
私の考案した技術や料理が際限なくこの国に根付いていく様子を見れば嫌でも気がつく。
原作での中世ヨーロッパ風の世界観の穴埋め。それが私が転生した意味だったのだ。
世界を補完するために異世界から魂が引き寄せられる。どんなに自由を謳ったところで私はこの世界の理に捕らわれる。それが溜まらなく不愉快だった。
だから私は決めた。いずれこの手記を初代シリーズの登場人物に読んでもらう。
そのためにもムジーナには原作時間軸まで生きてもらって原作キャラをここに導いてもらおう。
魔法で鳩に魂を定着させ、肉体内部にも魔法を仕込む。
これで悠久のときを生きる魔法生物の出来上がりだ。
さて、これを読んでいる誰かへ後のことを託しますかね。
そこから先は原作におけるラスボスの意図やミドガルズ側の重要人物の名前や行動。かつてポンデローザがまとめたノートよりも詳細な情報がそこには綴られていた。
「……結局これを読んだのが転生者である僕だったのはどうなんだろうか」
スタンフォードが原作を捨てる決意をし、原作が崩壊した後に発見されることになるとは、リーシャも夢にも思わなかったことだろう。
先人の残したものは意味がなかったが、結局スタンフォード達が原作を崩壊させたことでリーシャの溜飲は下がることだろう。
「工房は使えるみたいだし、よしとしよう」
ガーデルの思惑はわからない。ただ彼が単純に裏切っただけということはないだろう。
そのことも含めてみんなに報告しなければ。
スタンフォードは足早にルドエ領の本邸へと戻っていくのであった。




