第144話 聖剣を修理する方法
ドラゴニル邸。
王城に次ぐ権力を持つと言われているドラゴニル家の屋敷だが、現在は避難した住民を受け入れており、普段より人の出入りが多くなっている。
「碌なもてなしも出来ずに申し訳ございません」
「気にしないでくれ。今は緊急事態なんだし」
申し訳なさそうに謝罪するミモザに対して、スタンフォードは苦笑しながら手を振った。
「執務室もジャラーに荒らされてこの通りなのです。どうかご容赦を」
現在、この場にいるのはスタンフォードとポンデローザ、そしてデルフェンとミモザだけである。コメリナは魔力回復のため、ブレイブ、マーガレットと共に休養中だ。
「気にしないでくださいな、ドラゴニル辺境伯」
デルフェンに対し、久しぶりにポンデローザは令嬢らしい口調で話していた。
これは単純に普段の砕けた口調にして話の論点がズレるのを防ぐためである。
「そう言っていただけると助かります」
深々と頭を下げるデルフェンだったが、顔を上げた時には先程までの険しい表情へと戻っている。
それもそのはず、彼は今から王国内でもトップクラスの機密事項を話す必要があるからだ。
「まず、お二人はミドガルズオルムの件をどこまでご存じですか?」
「セルペンテ家の先祖であり、初代守護者のヘラだったということは知っています」
「ええ、零体になったムジーナ様からそういった経緯があったことは聞き及んでおりますわ。あと聖剣と世界樹の関係性は知っております」
「なるほど……」
デルフィンは顎に手を当てて考え込む。
本来なら自分が知っている情報は、ドラゴニル家の中でも自分とミモザしか知らない最重要機密。
てっきり、ある程度知っているものだと思っていたが、二人から聞いた情報の方が初耳だったのだ。
結局はすべてを話さなければならない。覚悟を決めて話始めた。
「ドラゴニル家の先祖であるガルゴ様から脈々と受け継がれた当家の役目は聖剣の保護でした」
デルフィンは昔を思い出しながらゆっくりと語り始める。
ドラゴニル家が建国当初から受け継ぎ、守ってきた秘密について。
「ガルゴ様は初代国王クリエニーラ陛下より、いずれミドガルズオルムが復活することを伝えられておりました。しかし、王家側での伝承はミドガルズオルムの手の者が内部に入り込んだことにより途絶えてしまった。我々はそれでも一族の密命を淡々と遂行して参りました」
そこで一度、言葉を切る。
ミモザと視線を合わせ、お互いの意志を確認するように。
そして再び口を開いた。
「そして、ブレイブが目覚めたときはこの世に世界樹の巫女の魂が再び現れることを意味します」
「その巫女の魂は闇魔法によって無理矢理魂を定着させられたセタリアだったと」
「その通りでございます」
デルフィンの顔が一層険しさを増す。こんな事態になるまで碌に対策らしい対策を打てていなかったことを悔いているのだ。
「ミドガルズオルムを完全に消滅させるためにはブレイブの復活が必須です。ボロボロのあやつを復活させるためには聖剣の祠にある台座からの魔力供給が必要となります。しかし、ブレイブは聖剣の形体になることが難しいのが現状です」
「まさか、ブレイブは自分が聖剣になることを拒んでいるんじゃ……」
かつてベスティア・ブレイブではなく、ブレイブ・ドラゴニルという個人を友と認めたことがネックになっている。そんな予感がスタンフォードの頭をよぎった。
「その可能性はあります」
聖剣という役割上、ベスティア・ブレイブという力はブレイブという個を殺してしまう。
そうはなりたくない。やっとスタンフォードから友人と認めてもらえた自分が人間を捨てたくはない。
彼の性格を考えれば、容易に想像がつくことだった。
「くっ、どうすれば……」
スタンフォードはこれまで多くの味方を作ってきた。
そのおかげで、本来ならば味方に引き込めないような人材が揃っているとはいえ、最大戦力となるのはやはりブレイブだ。彼を自由に動かせないのはかなりの痛手だった。
「ねぇ、ルドエ領なら可能性はあるんじゃない?」
「そうか、千年樹の枝をブレイブの〝修理〟に使うのか。しかも、あの場所には高度な魔法研究を行うためのラボもある」
ポンデローザの発案は渡りに船だった。
千年樹は世界樹の実から新たに生まれた第二の世界樹のような存在だ。
世界樹ユグドラシルそのものはいつ人間に牙を剥いてもおかしくないであろう現状、千年樹の素材を使用し、ブレイブを新たな聖剣として生まれ変わらせることで世界樹ユグドラシルを討伐した際もブレイブが消えなくて済む可能性も生まれる。
「それなら行くしかないわね、ルドエ領に」
あくまでも可能性の話。それでも、絶望的な状況を打破するにはその希望に縋るしかなかったのであった。




