第142話 ドラゴニル領の惨状
ドラゴニル領は王都から遠く離れた場所に存在する。
国王からの信頼も厚いドラゴニル辺境伯は、先祖代々聖剣を守護するという密命を帯びており、世界樹の根が届く領地で聖剣ベスティア・ブレイブの覚醒のときを待った。
ブレイブが目覚めた際は国王に報告だけをして、そのときが来るまで娘のミモザと共に彼の力の回復に努めた。
それが功を奏してブレイブは光魔法を発現させるだけの力を取り戻した。
スタンフォードとの戦いを経て運命の楔からも解放された。
今のブレイブは原作以上に強化されている。
「嘘、だろ」
はずだった。
スタンフォード達がドラゴニル領に辿り着いたとき、そこに広がっている光景は信じがたいものだった。
ドラゴニル領には激しい戦果の後が刻み込まれていた。
その中心ではスタンフォードも知っている顔が倒れていた。
「ミモザ!」
「スタン、フォード殿下……来てくださったんですね」
ブレイブの妹であるミモザ。ドラゴニル辺境伯の娘でもある彼女は傷だらけの状態で地面に横たわっていた。
「しゃべるな、傷が開く。コメリナ!」
「りょ」
コメリナは短く返事をすると、すぐに治癒魔法をミモザへかける。
「ありがとう、ございます」
「安静にする。まだ血、巡ってない」
コメリナの治癒魔法により、血液も魔力もある程度は回復したが、全身に巡るには時間がかかる。
「それよりも、お兄ちゃんを……」
安静にしろと言われても必死でミモザは起き上がろうとする。
「ブレイブ、どこ?」
そんなミモザを押さえつけてコメリナは冷静にブレイブの居場所を尋ねた。
「聖剣の、祠に……」
「わかった。コメリナはミモザを頼む。ポン子、一緒に行くぞ!」
「任された」
「ええ、わかったわ!」
聖剣の祠がある場所は、原作でもプレイヤーしか知らない秘密の場所だった。
何度も原作をプレイしたとはいえ、ゲームのCGでしか見たことのない場所。
しかし、スタンフォードがいれば雷魔法の探知によって場所は特定できる。
そして、この惨状を生み出した下手人もきっとそこへいる。
スタンフォード達の予想通り、そこには見覚えのある男性と両足を千切られたブレイブがいた。
「ジャラー様!?」
「うむ、久しぶりですな。スタンフォード殿下、ポンデローザ様」
その人物の名はジャラー・ヘラ・セルペンテ。セタリアの父親である。
「二人共、逃げろ! そいつはミドガルズオルムだ!」
「私はあくまでも分体ですがね」
血を吐きながらも叫ぶブレイブに対して、ジャラーは嘆息しながら肩を竦めた。
「やれやれ、ヨハンの方は思ったよりも時間が稼げなかったようだな」
「ジャラー卿、あなたまでミドガルズオルムの分体だったんですね」
「ああ、そうだ。私の場合は感情の引継ぎがうまくいかなかった失敗作だがね。巫女の器にするセタリアと分体の最高傑作であるヨハン、この二つを創ることが使命だった」
「随分と親切に教えてくれるんですね……ところでセタリアはどこへやったんですか?」
「ああ、不肖の娘ならもう呼び出した使い魔に運ばせているよ。ははっ、安心したまえ。殺しちゃいない。貴重な巫女の魂だからな」
そう言ってジャラーは笑うが、それを聞いたスタンフォード達は笑えなかった。
セタリアの境遇があまりにも不憫だったからだ。
「さて、聖剣の足止めも終わったことですし、私はお暇させていただきましょう」
セタリアのことなどまるで何とも思っていない父親。
そのおぞましい存在は淡々と仕事を終えたことを告げるような軽い口調で告げると、次の瞬間には姿を消したのであった。




