第133話 自分と向き合い立ち向かう
ヒカリエにはもう何もない。
ミドガルズが本格的に動き出した以上、手がかりになりそうなものは何も残っていない。
そう判断したスタンフォードとポンデローザはこの場を離れようと提案しようとした。
「見つけた!」
その瞬間、珍しくコメリナが大声を上げた。
「どうしたんだコメリナ」
「犯人の残滓、見つけた」
目を閉じて魔力を集中させていたコメリナが目を開くと、彼女の瞳は翡翠色の光を放っていた。
「血液の跡、消しきれない痕跡を追う」
「ルミノール反応みたいなものか……本当にすごいな、コメリナは」
スタンフォードはここまで現代日本の知識を魔法として昇華させてるコメリナに素直に感心していた。
「コメリナちゃん、犯人を追ってもらえる?」
マーガレットがそう言うと、コメリナは静かにこくりと首を縦に振った。
「それじゃ、馬車を停めた場所まで向かいましょ。いつ戦闘になっても大丈夫なように心構えだけはしっかりしておきなさいよ」
全員の気を引き締めるようにポンデローザが号令をかける。
「コメリナ、追跡を頼む」
「了解」
ヒカリエを出発したスタンフォード達は馬車を走らせていた。
御者台では、ポンデローザが手綱を握っており、その隣ではコメリナが探知の魔法を発動させている。
そして、荷台には険しい顔をしたスタンフォードとマーガレットが座っていた。
「ねぇ、スタンフォード君。私って何なんだろうね」
マーガレットは唐突にそんなことを言った。
「ラクーナ先輩はラクーナ先輩ですよ。それ以上でも以下でもないです」
「ありがとう、嬉しいけど違うんだ。私が知りたいのは、私は一体誰なのかってこと」
悲痛な顔でマーガレットはそう呟く。
「今日までずっと流されるままに生きてきたの。ずっと自分が普通の人間じゃないって思いたくなくて、自分を知ることから逃げてた」
マーガレットは肉体に宿る光魔法、巫女の系譜であるラクーナ家の血筋、ミドガルズオルムの策略、レベリオン王国の対応。
その全てがマーガレットにとって心当たりのないものであり、ずっと彼女は巻き込まれた被害者という意識があった。
それでも運命に振り回されても明るく元気に過ごして入れば、きっといい結果が待っている。
そう信じてきた結果が同郷の者達の死である。
少なくとも、当事者意識を持って自分から行動すれば何かが変わったのではないか。
自分は結局何もできないまま終わるのではないか。
そんな漠然とした不安を抱いていた。
だからこそ、今ここで同郷の者達や仲間達を巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じていた。
しかし、そんな彼女にスタンフォードは優しく微笑みかけ、迷いなく告げる。
「ラクーナ先輩は逃げてませんよ」
「え?」
「だってあなたは光魔法をしっかりと磨き上げてきたじゃないですか」
スタンフォードの言葉にマーガレットはハッとする。
突然発現した光魔法をゼロの状態からたった一年で実用可能なレベルに磨き上げた。それは紛れもなくマーガレットが自分と向き合ってきた証拠なのだ。
「ラクーナ先輩はただ自分の役割を全うしてきただけです。それを責める人なんてどこにもいません」
「そう、かな」
「それに当事者意識なんて、実際に痛い目に遭わない限りなかなか目覚めないものですから」
自分への特大ブーメランを投げたスタンフォードは苦笑する。
運命を変えたければ、立ち向かい続けるしかない。
そのことをよくわかっているスタンフォードは、すぐ傍まで迫ってきている戦いへの予感に気を引き締めた。




