第11話 鍛錬場での作戦会議
今日の密会場所は学園内にある鍛錬場だ。
この鍛錬場は多くの生徒が利用しており、マーガレットに骨折を直してもらってからというもの、スタンフォードはほとんど毎日この場所で鍛錬を行っていた。
スタンフォードが鍛練場に到着するのと同時に、ポンデローザも取り巻きの二人と共に鍛錬場へと到着した。
「あらあら、スタンフォード殿下。奇遇ですわね」
「これはこれはポンデローザ様。こんな汗臭い場所に来られるとはどうされたのですか?」
出会った瞬間、打ち合わせ通り険悪な空気を醸し出す二人。
スタンフォードからは電光が、ポンデローザからは冷気が漂い始め、傍から見れば一触即発の空気である。
それを見た周囲の生徒達は蜘蛛の子を散らすように鍛練場から去っていく。
マーガレットとの中庭での一件以来、高等部の生徒達の間ではスタンフォードとポンデローザは犬猿の仲という共通認識が出来上がっていた。
それを二人は利用して密会の場を作り上げていたのだ。
「フェリシアさん、リリアーヌさん、下がっていてくださいますか?」
「ポンデローザ様……」
「あまり手荒なことは……」
心配そうに二人の顔に視線を向けている取り巻き二人へ、安心させるようにポンデローザが告げる。
「大丈夫ですわ。少しばかりお話をするだけですから」
「「は、はい……」」
まだ心配そうな表情を浮かべていたが、取り巻き二人はポンデローザの言葉に素直に従った。
「よし! それじゃ早速、近況報告と行きましょうか!」
「当て馬同盟結成から結構経つけど、いまだにその切り替えの早さには慣れないな……」
周囲に人がいなくなった途端に呑気な表情を浮かべるポンデローザに、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。
「何度も言ってるけど、こんなことしなくても話し合いなら俺の部屋でやればいいだろ」
「こうやって学園内で何度も険悪アピールをすることで、いざというときに二人で会ってるのを見られても喧嘩してるって思わせられるじゃない」
それに、と呟くとポンデローザは言葉を続ける。
「今日はいずれ来る戦闘イベント前の確認もしたかったしね」
「次に来る戦闘イベントっていうと、雷竜ライザルク戦だったっけ?」
「そ、プレイヤーにとっては最初の関門ともいえる魔物ね」
雷竜ライザルク。
原作においてアクションゲームが苦手なプレイヤーにとって登竜門とも言えるモンスターだ。
このイベントでは、スタンフォードがこれでもかというほどに痛い目に遭う。
それを危惧したポンデローザは事前に対策を立てることにしたのだ。
「ライザルクは雷を操る竜よ。スタンとの相性は悪いわ」
「そうでもないでしょ。僕に電撃は効かないし」
スタンフォードは雷魔法の使い手だ。
炎魔法を使って自分の魔法で火傷しないように、スタンフォードは電撃が効かない体質なのだ。
「お互いに電撃が効かないんだから、普通にパワーで負けるでしょ」
「あっ……」
ポンデローザの至極真っ当な指摘にスタンフォードは間抜けな声を漏らす。
電撃が効かないスタンフォードがライザルクに完膚なきまでに叩きのめされることになるのは、偏に生物としての身体能力の差があるからだ。
ブレイブのように光属性の魔力を帯びた竜に効く攻撃ができない以上、頑丈な肉体と鱗を持つ竜に敵うわけがなかった。
「そもそもあんた、魔物と戦えるの?」
「それは……」
脳裏にボアシディアンに吹き飛ばされた衝撃が蘇る。
気がつけばスタンフォードの足は小刻みに震えていた。
身体に刻み込まれた恐怖というものはそう簡単に克服できるものではないのだ。
魔物と戦うことにトラウマを植え付けられているスタンフォードを見て、ポンデローザは彼を安心させるように笑った。
「無理をする必要はないわ。最悪、ブレイブ君がぶった切れば万事解決なんだから、時間稼ぎをする方向で考えましょ!」
「そんなアバウトで大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫! 最悪あたしが何とかするから、泥船に乗った気でいなさい!」
「いや、大船な。沈むの確定じゃねぇか」
相変わらず能天気なポンデローザに不安を覚えつつも、どこかスタンフォードは安心していた。
彼女が大丈夫と言うと、不思議と大丈夫だと思えたのだ。
「戦えるかはともかく、僕の雷魔法なら時間稼ぎは難しくないと思う」
「そうなの?」
「要するに攻撃を躱し続ければいいんだろう? 僕は雷魔法の応用で身体能力を強化できるから、スピードには自信がある」
スタンフォードは、前世の知識を活かした独自の魔法を使うことができた。
その一つとして、体内の電気信号を操作して肉体のリミッターを外すというものがあった。
これによって反応速度を上げ、リミッターの外れた肉体で動くことができるため、速さにおいては誰にも負けないと自負していたのだ。
逃げに徹するのであれば、無傷のままやり過ごす自信がスタンフォードにはあった。
「そういえば、ハルバードも雷を纏って高速で移動してたりしてたわね」
「雷を纏う?」
「ええ、去年の戦闘実習で見たけど、雷を全身に纏ったハルバードは瞬間移動みたいな速さで移動してたわ。あれなら確かに時間稼ぎはできそうね」
自身の兄であるハルバードの魔法を聞いたスタンフォードは、ポンデローザが自分の魔法を誤解していることを指摘した。
「待ってくれ。僕のはそういうのじゃない。僕の魔法はあくまでも雷魔法を応用した肉体のパワーアップだ」
「雷纏えばもっと早く動けるんじゃないの? 実際、ハルバードはそうやってるし。同じ魔法だからできるでしょ」
「あのなぁ、魔法において一番大事なのはイメージだ。僕の日本の知識を応用した魔法だって細かい知識は必要ない。人間は体内に電気が流れていて、脳から送られた信号を神経を伝って体を動かしてるとか、電磁石がどういう風に出来てるかとか、そういうざっくりとした知識からイメージができれば魔法は発動できるんだ。要するに解釈したもん勝ちってこと。だから同じ魔力を持っていても人のイメージはそれぞれ違うから、厳密には同じ魔法が使えるとは限らないってことだ」
「つまり……どういうこと?」
スタンフォードの早口気味の解説を聞いたポンデローザは首を傾げる。
何を言っているのか聞き取れなかったのもあるが、単純にスタンフォードの説明がわかりづらかったのだ。
「僕には兄上のような超スピードは使えないってこと」
「えっ、そんな調子で大丈夫なの?」
「言ったろ。僕には前世の知識を活かした独自の魔法があるって」
スタンフォードは地面に手をかざして魔法を発動させる。
次の瞬間、バチバチという音と共に地面から砂鉄が巻き上げられ、スタンフォードの意のままに動き出した。
得意気な表情を浮かべると、スタンフォードは魔法を止める。
スタンフォードの発生させていた磁界が消えたことにより、砂鉄は重力に従って落ちていった。
ちなみに砂鉄を巻き上げる際に、スタンフォードはちゃっかり外套も無駄にはためかせていた。
「こういう特別なことが僕にはできる。だから大丈夫さ。それに雷を纏ったところで人が速くなるわけがないだろ」
「あんたって頭固いのね。ガリ勉強タイプ?」
「自慢じゃないが、学生時代は何度も学年上位を取ったことがあるぞ」
「いや、それ完全に自慢じゃない」
学校での成績くらいしか誇ることがなかったスタンフォードに、ポンデローザは呆れたようにため息をつく。
そんなポンデローザの態度が鼻についたスタンフォードは、挑発的に問いかける。
「……ポン子こそ、まともに戦えるのか?」
「ふふん! よく聞いてくれました。あたしの魔法はすごいんだから!」
得意気な表情を浮かべると、ポンデローザは両手に魔力を集中させ、自身の得意な魔法を発動させた。
「〝造形氷結!!!〟」
両手から放たれた冷気は獣の耳と尾を持つ青年の像を形作る。
出来上がった見覚えのない青年の氷像を、スタンフォードは怪訝な表情を浮かべて眺めた。
「……誰?」
「あたしの推しのVtuberよ!」
「Vtuberも守備範囲かよ……サブカルにドップリ浸かってるなぁ」
Vtuberとは、バーチャルユーチューバーの略であり、動画サイトU-tubeで2Dモデルや3Dモデルで動画投稿やライブ配信を行う者の総称だ。
サブカルチャーに明るいポンデローザは、Vtuberの配信を見ることも趣味の一つだった。
「本当は誕生日配信リアタイしたかったんだけど、その前に死んじゃったからね……ああ、誕生日配信見たかったな……」
ポンデローザは、推しであるVtuberの誕生日配信を見れなかったことを思い出し項垂れる。
そんなポンデローザのオタクとしての姿勢を、どこか眩し気にスタンフォードは見つめた。
「そんなに熱心になれるものがあるってすごいな……」
精巧に再現された氷像にはポンデローザの想いが込められていた。
彼女がどれほど推しであるVtuberに情熱を注いでいたかは想像に難くない。
それほどまでに趣味に熱中できるポンデローザをスタンフォードは羨ましく思った。
「これって動かしたりできるのか?」
「ええ、このまま操って動かすこともできるわ」
顔を上げて頷くと、ポンデローザは氷像を自由に動かし始めた。
氷像は氷で出来ているとは思えないほど滑らかな動きでバク宙を決める。
それを見たスタンフォードは感嘆のため息を漏らした。
「へぇ、かなり自由度が高いんだな」
魔法は術者のイメージで性質が変わる。
攻撃的な者が唱える魔法はより攻撃的に。
心優しい者が唱える魔法は人を癒す魔法に。
ポンデローザの魔法は、まさに彼女らしい〝自由〟な魔法だった。
「ヴォルペ家は代々水魔法を派生させた氷魔法の使い手だって聞いてたけど、こんなに自由度の高い魔法はポンデローザくらいしか使えないんじゃないか?」
「あはは……全部感覚でやってるから、基礎がなってないって昔から怒られてたけどね」
教師にさんざん怒られてきたことを思い出し、ポンデローザは苦笑した。
「そういえば、ブレイブ君とはどうなの?」
「どうって言われても、ただのクラスメイトだよ」
ブレイブの名前が出た途端、スタンフォードは露骨に顔を顰めた。
彼にとってブレイブは劣等感を刺激する存在そのものだ。
そんなスタンフォードの心中を見透かしたポンデローザは念を押した。
「ライザルク戦ではブレイブ君が頼りなんだからね?」
「心配ないだろ。あいつの滅竜剣があれば竜は敵じゃない」
ブレイブは攻守共に優れた光魔法の使い手だ。
光魔法は、身体強化、治癒、広範囲の遠距離攻撃、様々な魔法が使用できる。
その中でも特異なのは、竜種を滅することに長けた〝滅竜剣〟というブレイブ独自の魔法だ。
これはブレイブが気がついたら使用できるようになっていた魔法で、原作ではその謎が物語中盤以降で明かされることになる。
要するに、滅竜剣は主人公補正のような反則染みた魔法なのだ。
「でも、結構ライザルク戦って苦戦するのよ。あたしだって全然倒せなくて、その直前のスタンとの戦闘イベント繰り返してレベリングしながら動き覚えたくらいだし」
「僕は練習台かよ……」
自分もモンスターを狩猟する類のゲームで、動きを覚えるために格下の同じ骨格のモンスターを狩り続けたことを思い出し、スタンフォードはゲンナリとした表情を浮かべた。
自分もやってきたことではあるが、いざ自分がされる側に立つとなると複雑な気分だったのだ。
「ライザルク戦での立ち回りは、スタン戦での立ち回り覚えておけば楽になるのよ」
「悪いけど、わざわざやられるためにブレイブに喧嘩を売るのは勘弁してもらいたい」
「そりゃボコられるために戦うなんて嫌よね」
ポンデローザはスタンフォードの気持ちを汲み、事前にブレイブを鍛える案はボツとなった。




