一杯の酒
初投稿です。お手柔らかにお願いします。
ある冬の日、男は思い立った。
“今日みたいな寒い日は内側から温まろう”
思い立ったそのまま、酒屋へ足を運んだ。
そこには様々な種類の酒があり、つまみがあり、また、飲料があった。
物色をはじめる男を、酒屋の主人は気にしつつも干渉はしない。
棚の中、台の上、それから吊るされている乾きものを眺めつつ、男はある思い付きをした。
“そういえば、この世界で一番強い酒は何だろう”
その疑問を男は店の主人にぶつけてみる。
「ちょっと教えていただきたいのだが、この店で一番‘強い酒’は何だろう。」
店の主人は考えた。一般的には、酒精の強いものを指すのだろう。
しかし、それは一般的にスピリタスというものがある。
それならば、癖の強いものであろうか。
そう少し逡巡したが、結局はスピリタスの名を挙げた。
男はそのスピリタスを果たして知らなかった。
世界で一番強い酒とは言われても、酒は酒だ。飲み物であるのだ。
それならば、一度飲んでみよう。
そう思い、男はスピリタスを購入した。
その会計で、店の主人は本音を伝えた。
「お客さん、その酒はうまいものではないですよ。舌が、喉が焼けるような、気づけの薬みたいなものです。
あと、強い酒ということで酒精の強いものを答えましたが、この酒以上に飲みにくい、所謂癖の強い酒は無限とあるものです。」
その言葉を聞いた男は思考した。確かに、強い、とは何のことだろう。
確かに酒精の強さはこの酒が一番なのだろう。他にも癖が強いものや、値段が高い物や、手に入りにくいものなどがあるだろう。
それすなわち強さになるのではないか。と。
思考した結果、とりあえず、今は目の前にあるスピリタスを試すことにした。
店の主人に礼を言って家路を急ぐ男は、どこか誇らしげでもあった。
さて、家に着いた男は早速スピリタスを飲むこととした。
世界で一番強い酒をやっつけるのだ。
既に男は暖を取るという目的は失っていた。
愛用している湯呑にスピリタスを注ぐ。
酒精の咽るようなにおいが部屋に充満していく。
これから男が戦うのは世界で一番強い酒だ。
男はひといきにそれを飲み干した。と、同時に後悔した。
世界で一番強い酒とは、恐れ入った。口の中が、喉が、腸が焼けるようだ。
身体がこの液体を体内にいれるのを拒むような反応をしている。
なるほど、酒は毒だとはっきりとわかる。
一息ついた男は煙草に手をやる。
この焼けた喉を少し冷やしてやろうと考えたのだ。
火をつけ、煙を燻らせる。
紫煙が部屋を満たしていき、男の心も少し落ち着いた。
一段落したのち、灰皿と間違えスピリタスの入った湯呑へ火種を落としてしまった。
刹那、燃え上がるその液体は純粋な燃料そのものと言えた。
普段たしなむ様な麦酒や日本酒ではお目にかかれない炎だ。
それは形を変えながら移り行き、男の部屋をまるで暖炉のように変えていく。
世界で一番強い酒の一杯は、果たしてこの男をやっつけたのだ。
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