第7話 『センパイの鬼! 悪魔! 朴念仁!』
週末、いよいよやってくる澪のために俺は徹底的に準備を進めた。
リビングにちり一つ残らなくなるまで掃除し、昼食の準備も済ませておいた。
澪が少しでも居心地よく過ごしてくれるような空間を目指してのことだ。
当日。
両親を見送った俺は朝からそわそわとし始める。
やはり女の子を家に招くなんて大胆すぎただろうか……でも今日は何もする気ないからな……でももしかしたら……もしかするかもしれないし……。
テンションがバグった俺はとりあえずコンビニに向かった。
何を買ったかは言うまい。
そしてそわそわが限界に達したところで
ピンポーン
家のインターホンが鳴った。
俺は飛び上がって、すぐに扉を開ける。
「はーい」
「おはようございます、センパイ」
「澪、おはよう。待ってたよ」
俺は扉を開いて家に入るように促す。
一応周囲の目を気にしながら……
よし、誰も見てないな。
それにしても今日の澪もカワイイ。
フリルのついたピュアホワイトのブラウスに、ワイドパンツとラフながらも可愛らしい格好だ。
「今日の服装も似合ってるな」
「ふむ……開口一番に褒めるとはセンパイも成長してきましたね」
「澪にそう言ってもらえてうれしいよ。ちなみに褒めるところはあと四十か所くらいあるけど聞くか?」
「……いえ、遠慮しときます……」
たじたじになった澪をリビングへと案内した。
当然セッティングも済ませてある。
五回は確認したから不備はないはずだ。
「それじゃ、勉強会始めようか」
「……てっきりセンパイの部屋に連れ込まれるかと思ってました」
「何言ってんだ? そんな……こと……するはずないだろ?」
バレてました。
ちなみに勇気が出た時のことを考えて俺の部屋でも勉強会は出来るようにセッティングは済ませてある。
まあその必要はなかったわけだが。
「それよりセンパイ」
「何だ?」
「とぼけたって無駄ですよ。ちうですよちう」
「前払い分だろ、覚えてるよ、ほら」
俺はすっかり慣れた様子で首筋を澪の元へと差し出す。
ちなみに一度香水をつけてデートにいったことがあるのだが、澪的には味と匂いが混ざって味の輪郭がぼやけるので次からは無しでお願いします、と言われているのでそれ以来香水はつけていない。
俺の剥き出しの首筋を見て、澪はゴクリと息を飲んだ。
「……いいですか? センパイ」
「いつでもおいで、澪」
「それじゃあ、『1ちう』分いただきます」
かぷっ。
ちう。
血の抜けていく感覚がする。俺は力を抜いて澪にされるがままにちうされた。
「ぷはぁ~」
俺の血を飲み終えた澪がはぁはぁと艶やかな吐息を漏らしながら頬の緩みきった至福の表情を浮かべる。
もうすっかり俺の血の虜だな。
堕ちるまではもう時間の問題だろう。
「ごちそうさまでした!」
「おう、それじゃ始めようか」
「はい、お願いします。セーンパイ♪」
「厳しく行くからな、覚悟しとけよ」
「うぅ……お手柔らかに」
期末試験で赤点を取ってしまえば夏休みの間に補習が入ってしまう。
せっかくの夏休みに補習なんてそれほど可哀想なことはないだろう。
だから今日の俺は鬼教官モードだ。
開幕一時間で頭をクラクラさせた澪に
「ほら、そんなんだと残りの『2ちう』は無しだぞ」
「それだけは……勘弁してくださいよぉ~」
「それ次はこの問題だ」
「うぅ……センパイの鬼、悪魔、朴念仁!」
「吸血鬼に言われてもな……」
と首筋をチラリと見せてはやる気を出させた。
その効果は抜群だった。
俺の血ってどれだけ美味いんだろうな?
そろそろ昼時、というところで一旦俺たちは勉強を切り上げた。
適度に休まないと脳も疲弊してしまうからな。
「それじゃ、そろそろ昼飯にするか」
「てことは休憩ですね? やったぁ!」
澪は大きく手を伸ばして胸を張って伸びをする。
どうやら成長期らしく、二つの果実は俺と出会った入学当時よりもさらにたわわに成長していた。
煩悩を振り払って俺は精一杯澪をもてなすために考えたプランを実行に移す。
「お昼なんだけどさ」
「はい、コンビニでも行きますか?」
「実は俺が用意してあるんだけど……食べてくれないか?」
「え? センパイ料理できたんですか?」
「実はな」
「ちょっと気になりますね、それではお言葉に甘えてごちそうになることにします♪」
俺はこういう日が来ることもあろうかと料理の練習にも励んでいたのだ。
最初は包丁を握るのすら躊躇ったが、よく考えたら切り傷くらい事故の怪我に比べたらどうってことないな、それに血ならもうすっかり見慣れたし……ということで包丁への苦手意識は即座に克服されたのである。
そこからは半分趣味の領域に至るまで料理ができるようになった。
「ちなみにセンパイ、何作ったんですか?」
「ビーフシチューだ」
「わお……ガチじゃないですか」
「そりゃ澪が家に来るんだ。気合いも入るだろ」
「ふふ、楽しみにしてますね、センパイ」
俺は手早く温めて澪と一緒に食事の準備をした。
ああ……いいこの感じ。
新婚夫婦感があって最高……。
ニヤニヤの止まらない俺に対して澪は若干引いていたが、俺の作ったビーフシチューを一口食べた途端にその表情は一変した。
「え……何このビーフシチュー、美味しすぎません? お肉消えましたけど?」
「三日煮込んだからな」
「センパイ、ガチじゃないですか……」
気合いが入り過ぎた結果、ガチで作ってしまった。
我ながらうまくできたと思うが……仕掛けはこれだけではない。
「いや待ってください、このビーフシチューやばいです。クセになりそうです」
夢中でビーフシチューを口に運ぶ澪。
いっぱい食べる君が好き。
それもそのはず、俺はビーフシチューを作るにあたって澪専用の隠し味を入れておいた。
慣れない食材を扱うなか、俺は包丁で手を切ってしまったのだが、もしかしてこれはいけるんじゃないかと隠し味に俺の血を入れてみたのだ。
(※普通の子には絶対にしちゃダメだよ。事案だからね)
至上のビーフシチューに至上の隠し味。
予想通り、いやそれ以上の反応をしてくれて嬉しい限りだ。
そしてすっかり元気になった澪と共に午後の勉強会をスタートさせた。
ちうちう。
勉強会終わり、約束の『2ちう』
すっかり俺の血が病みつきになったのか、昇天しそうになっている澪の顔は絶対他の人には見せたくないな、と強く思った。
「今日はありがとうございましたセンパイ。おかげで何とかテスト乗り切れそうです」
「ならよかったよ。こっちこそ家まで来てくれてありがとうな」
夏ということもあって七時を過ぎてもまだ明るかったが、俺は念のため澪を途中まで送っていくことにした。
『3ちう』されて少し足元はおぼつかなかったが、空元気でカレシとしての役目を果たす。
歩いていると、頬を夕陽色に染めた澪がポツリと呟いた。
「それにしても、センパイ本当に何もしませんでしたね」
「言ったろ? 何もしないって」
どちらかと言えば何もできなかった、という方が近いのだろうがそこは敢えて口に出したりはしない。
「センパイのそういうところ……嫌いじゃないです」
「澪……」
これはもしかして……もしかしてたのか……?
うぅ、俺の意気地なし!
「なーんちゃって♪ はい赤くなった~、センパイ油断したらダメですよぉ~?」
「この……」
クソ、またしてやられた。
油断も隙もありゃしない。
やはり澪は取引上のカノジョでしかないのか?
その疑問を抱く度、ちくりと胸をさす痛み。
温かいちうの痛みと比べてこっちの痛みは刺すように冷たい。
「それじゃ、センパイ。送ってくれてありがとうございます」
「ああ、テスト頑張れよ」
家の目の前で澪と別れた。
もうすぐ夏休みがやってくる……。
今日の反応で確信した。
澪はもう俺の血無しでは生きていけないカラダになりつつある。
さあ、復讐の時間だ。
俺の純情を弄んだ報いを、今こそ受けてもらうのだ。
俺は計画を──最終段階へと移そうと決意した。