第5話 『センパイ、今から会えませんか?』
『センパイ、今から会えませんか?』
三連休最終日、日曜日の昼下がり。
澪からお誘いのメッセージが来た。
俺はすっかり日課になった筋トレを中断して、すぐさま返事を打ち込む。
──すぐに行く!
と打ち込んで送信……というところで俺は正気に戻った。
危ない危ない……つい嬉しくて何の考えもなしに返事をしてしまうところだった。
『悪い、今取り込み中、ちょっと待ってて』
既読をつけてしまったので、とりあえずメッセージを送信して時間を確保する。
考えろ……こういう時大体澪は……
プルルルルル
まさかの着信。
どうやら時間は与えてくれないらしい。
まだ息も整ってないのに
澪からの電話を無視することはさすがにできなかった。
応答するとすぐに聞こえてきたのは怒ったような澪の声。
『センパイ、やっぱり暇してるじゃないですか!』
「いや、ちょっと、取り込み、中だって」
『さてはセンパイ……私でえっちな妄想してたんじゃないですかぁ?』
「今はしてないよ……筋トレしてただけだ」
「今は……」
……
…………あ。
『そそそそうですよね、筋トレか~、そういえば最近センパイ筋肉ついてきてましたもんね……』
「そそそれより、突然電話なんてかけてきてどうしたんだ?」
沈黙。
非常に気まずい。
何とか何事もなかったように振る舞わなければ。
『センパイに会いたいなぁ……って思って連絡しちゃいました』
幸い澪もそれ以降スルーしてくれたので、お互い何も聞かなかった認識で会話を再スタートさせた。
「なるほど、本音は?」
『我慢できないので血を吸わせてください』
「あー、ちょっと忙しいかもなぁ」
『イジワルしないでくださいよ! センパイどうせ暇でしょ? 暇ですよね?』
そんなに暇暇連呼しないでほしい。
実際筋トレ以外に用事はないから暇ではあるのだが……。
それにしても、だいぶ俺の血に依存するようになってきたな。
三連休すら我慢できないとは……いい傾向だ。
一人ニヤニヤとしていると焦ったような声がスマホから聴こえてきた。
『センパイ! 大好きなカノジョがデートしてあげるって言ってるんですよ? 断るのはカレシとしてありえなくないですか!?』
「自分で言うか……」
「センパイ……私のこと嫌い?」
「いや、大好きだ」
しまった、また澪のことが好きすぎて会話の主導権を奪われてしまった。
悔しい……でも自信満々なところカワイイ……
「分かったよ……準備したらすぐに行く。場所は?」
『さっすがセンパイ、話が分かりますね♪ 場所は駅前のショッピングモール前でお願いします』
「分かった、じゃあまた後でな」
『はい、楽しみにしてますからね!』
そう言って、澪は上機嫌で通話を終了させた。
思いがけず予定が入ってしまった。
「まずはこの汗臭い体をどうにかしないとな……」
俺は急いでシャワーを浴びに向かう。
もちろん、首元は特に念入りに洗った。
「セーンパイ、お待たせしました♪」
澪がやってきたのは俺が待ち合わせ場所についてから三十分後のことだった。
めちゃくちゃ急いだのに……!
でも私服姿の澪がカワイイから全部ヨシ!
サマーワンピースをひらひらと揺らしながら、俺の傍までやってきた。
途端、視線が更に集中するのを感じる。
「うわ見てあのカップル……」
「あーあ、あの男いなかったら声かけようと思ってたのに……」
もはや聞き慣れた呪詛を右から左に受け流しつつ、澪の私服姿を堪能する。
花柄のサマーワンピースにカーディガンを羽織ったガーリーなファッションだ。
伸びやかな肢体から覗く素肌は透き通るように白く、薄いワンピースが起伏のあるシルエットをくっきりと映し出していて……良っっっっっ!
「気合入れて来てくれたんだな」
「当たり前です! カレシとのデートなんですから。オシャレでカワイイ姿でいたいと思うのはカノジョの義務みたいなところあるじゃないですかぁ♪」
この愛らしい姿を目に焼き付けたい。
あとで絶対ツーショット取ろう。
「ほら、もっと褒めてくれていいんですよ?」
ニヤリと小悪魔な笑みを浮かべながら背伸びをして、顔を近づけてきた。
「かわいい、マジでかわいい。天使が舞い降りたかと思った。そのワンピースもカーディガンも似合ってるし、メイクもいつもと雰囲気違ってめちゃくちゃいい。惚れ直した」
思うままに青い瞳を凝視しながら感想を羅列した。
一つ褒める度に澪の顔は少しずつ赤くなり、近づけてきた顔は遠のいていく。
「もう……なんで真顔でそんな歯の浮くようなセリフを言えるんですか……?」
「俺たちは取引上のカップルだろ? ならドン引かれるかもって考える必要もない。だから遠慮なく言わせてもらうぞ。ちなみにあと三十個くらいほめるところがあるけど……聞くか?」
「……嬉しいですけど、さすがに愛が重すぎます。引きます」
結局引かれてしまった。
冷ややかな目で見られるのもたまには悪くない。
……俺って無敵だな。
そしてデートが始まった。
デート、とは言っても澪の買い物に付き合うだけだがそれでも至福な時間なことに変わりはない。
いくつかの店を周ったあと、澪はとある化粧品店で足を止めた。
似た様なメイク道具を真剣な表情で見比べている。
俺には違いが分からなかった。
「その手に持ってるそれ、どっちも同じじゃないのか?」
尋ねてみれば、澪は頬をぷくっと膨らませて不機嫌そうな顔をする。
「ぶっぶー、それカレシ的にはマイナスです。女の子はカワイイのためならどこまでも貪欲になれるんです。ちなみに正解は『どっちもいいと思うけど、俺はこっちの方が似合うと思うな』です。はい、どうぞ」
「な……なるほど」
改めて二つを見比べる。
どうやら見ていたのはチークのようだ。
ほとんど色の違いは分からないが俺が澪につけてほしいのは……
「どっちも似合うと思うけど、俺はこっちの色の方が自然で好きかな」
「なるほど、センパイはナチュラルメイク派、と」
納得したように澪は俺の指さした方を購入した。即決だ。
「素人の俺の意見で決めていいのか?」
不安になって聞いてみると
「カレシのために選んでるんですから。カレシであるセンパイの意見が最優先されます」
「お……おうっふ」
やば、俺のカノジョ超カワイイ。好き。
「なーんちゃって♪ 顔赤くしちゃってぇ~。やっぱりセンパイ、チョロいです」
「この……」
またしても、してやられた……!
俺はまだ……澪には勝てない……!
そして帰り際、俺たちは人目のない所に移動して……ちうをした。
「ああ、センパイの血……美味しさが留まるところを知らないです……」
恍惚の表情を浮かべる澪。
噛みしめるように再びちうを始めた。
デート一回『2ちう』、最初に決めたレート通りだ。
この血のために付き合ってるカラダ目当ての関係なことに変わりはないのだが……
この幸せそうな顔を見るためならいくらでも血をくれてやる、そう思わせてしまう魔性の魅力が澪にはあった。
「もう週末の間ずっとセンパイのことばかり考えてるんですよ……センパイの血、毎日飲みたいです」
「さすがに毎日は血が足りなくなりそうだな」
『1ちう』ならなんともないのだが、『2ちう』になると、血が抜けたなという感覚になって少し足元がフラつくのを感じる。
ほとんど毎日レバーを食べるようにしているが、それでも鉄分は足りていないのか……もっと栄養豊富な食事を心がけるようにしないと……。
「あの……センパイ」
「なんだ?」
「また来週もデートしてくれますか?」
「いいよ」
……しまった即答してしまった。
そろそろ焦らしプレイを始めて主導権を取りはじめようかと思っていたのに。
クソ……これも全部澪がかわいすぎるのが悪いんだ。