最終話 センパイ
夜も更けた頃。
澪が家にやってきた。
その日はTシャツにジーンズというラフな格好だった。
おそらく部屋着なのだろう。
化粧もほとんどしていないのが分かった。
俺が家に着いた、と連絡して慌ててやってきたからだろう。
「さ、入って」
「お邪魔します……」
顔を耳まで真っ赤に紅潮させた澪が、おずおずと俺の家へと足を踏み入れた。
「それじゃ、俺の部屋に行こうか」
「はい……」
澪は緊張しているのか言葉も動きも堅い。
それに肩を震わせて息をはぁはぁと漏らしている。
──限界だな。
どうやら思ってた以上に俺の血に依存していたらしい。
このままだと何もできそうにないから俺はある提案をすることにした。
「先払いで、『1ちう』だけならしていいぞ」
「ホントですか!?」
途端に澪の青色の目が輝く。
「ほら」
俺が首筋を差し出すと、飛び掛かるように澪がむしゃぶりついてきた。
「んぐ……んぐ……」
夢中でちうをしている。
だが、これは優しさではなくある意味もっと残酷なことだった。
体感で澪が『1ちう』し終えたのを確認すると、俺はパッと澪の顔を首筋から引き剥がした。
「そんな……」
再び澪の顔が絶望に歪む。
「後払いの約束だぞ。これはサービスだ」
「……高くつきますよ……」
「あと『4ちう』まで出そう」
「くっ……センパイはそうやって私のことを……」
ここ最近血を吸われていないから俺の体は血が満タンだった。
おそらく筋トレの成果とも合わせて『5ちう』までなら耐えられる。
つまりは俺の出せる最高レートを提示した、ということだ。
「で、どうする?」
「……分かりました」
「契約成立だな。じゃ、俺の部屋に行こうか」
「はい……」
そして俺は澪を部屋へと連れ込んだ。
澪はいくらか目に生気が戻ったものの、緊張でガチガチになっている。
それもそうだろう。
これからのことを考えたら、緊張するなという方が難しい。
だから俺はまず緊張をほぐしてみようと試みた。
「まずはゲームでもするか……」
「そ、そうですね」
俺は手ごろなパーティーゲームを取り出して、澪と二人で遊びに興じた。
澪の緊張が次第に解けていくのが分かった。
一時間ほどするとお互い熱くなって汗もかいてしまっていた。
「センパイ……お風呂借りてもいいですか?」
「ああ、いいよ。使い方は分かるか?」
「分かります、多分」
そう言うと澪はゆっくりと立ち上がって、風呂場へと向かって行った。
ついに……この時がきた。
復讐の時だ。
あの時弄ばれた俺の純情の恨みを思い知れ。
だけど……俺は。
しばらくすると部屋のドアがトントンと叩かれた。
俺はすぐに入るように促したのだが……
「なっ……」
俺は思わず息を呑む。
何故なら扉の前で顔を真っ赤にして立っていた澪は……下着姿だったから。
「その……どうせ脱ぐんですよね、だったらこのままでも……」
恥じらいで顔を真っ赤にしている澪、最高にカワイイ。
でも俺は……
俺は服を取り出して、澪に手渡した。
シャツをふわりと澪の肩にかける。
「え?」
戸惑ったような澪の声。
目は泳いで朱唇もぱくぱくとさせている。
「服……着てくれ」
「どういうことですか、センパイ?」
「どうって、下着のまま寝るのか?」
「そうじゃなくて……その……する気なんですよね?」
「して欲しいのか?」
「女の口から言わせる気ですか? バカ!」
俺は……澪を何よりも大事に思っているから。
「いや、しないよ。布団も別に敷いてある。嫌なら俺がリビングで寝る」
「は……はぁ?」
「弱みに付け込んでするような……そんな真似はしないよ」
「じゃあなんでこんなことを?」
ワケが分からないと言った様子で澪は目を右往左往させている。
「これはさ、仕返しなんだ」
「仕返し?」
「俺は澪と付き合えた時、本当に嬉しかったんだ。でも澪に実はカラダ目当てだって言われて本当に傷ついた。俺の純情を弄ばれたんだって」
「だから、私にこんなことを?」
「ああ、俺の血に依存させて、何かあるかもって悶えさせて……裏切りたかった」
「それはそれで最低な気がしますけど……」
確かに、こんなことをした時点で、復讐という手段を選んだ時点で俺は最低なのかもしれない。というか客観的に見て最低だ。
「ああ、澪のことを弄んで本当にすまなかった」
俺は誠心誠意頭を下げて澪に謝罪した。
「俺も同じく澪の純情を弄んだから……復讐は終わりだ。もう何もしない。約束する」
「そんなことって……」
「血も好きに飲んでもらって構わない。俺がぶっ倒れるまで飲まれたっていい」
「そこまでしませんよ……センパイがぶっ倒れるのは嫌です。まあ血はもらいますけど」
貪欲な澪に思わず苦笑してしまった。
「それで……これで立場が完全に逆転してしまったわけですけど、センパイはこれからどうするんですか? ……別れるんですか?」
「いや、その逆だ」
俺は何を言おうか心に決めていた。
「羽黒澪さん、改めて俺と付き合ってください」
「は、はぁ? センパイ何言ってるんですか? 私たちもう、付き合ってるみたいなところあるじゃないですか?」
「そうだな、取引上の付き合いだな」
「あっ……」
俺が本当に望んでいるのは……。
「だから男女として対等な付き合いがしたい。もちろん断ってくれても構わない。その場合でも血は定期的にちうしてもらって構わない」
「何でそんなに……優しくしてくれるんですか!? 私はずっとセンパイのこと自分の欲望を満たすために利用してたのに!」
「ばーか、好きな女子に振り回されて喜ばない男なんていないんだよ。そのくらいかわいいもんだ。小悪魔程度にしか思ってないよ」
実際、俺のカラダ目当てだと知ってからも、澪といる時間は楽しかった。
俺は間違いなく澪のことが好きだと胸を張って言える。
「なあ聞かせてくれ、澪。俺のことを本当はどう思ってる?」
「……」
沈黙。
長い逡巡の後、澪は躊躇いがちに口を開いた。
「好きか嫌いかで言えば……好きですけど」
「なら……」
「でも、私本当にセンパイのことが好きなのかどうか分からないんです! 私が吸血鬼だって打ち明ける前、普通にカレシカノジョしてた時のあの嬉しそうなセンパイの顔……私は多分あんなに幸せそうな顔は出来ません」
あのころは確かに幸せの絶頂だった。
さぞかしいい笑顔をしていたことだろう。
「それに……私大人ぶってますけど、初恋だってまだなんです。だから、この気持ちがセンパイに対する『好き』なのか、吸血の対象としての『好き』なのか、まだ区別がついていないんです!」
「じゃあ、つまり脈ありってことか?」
「いやまあそうですけど……センパイポジティブすぎません?」
ひたすらにポジティブなの程度しか取り柄がないからな。
脈ありってことならガンガンアタックするのみだ。
「じゃあ、改めて言おう。俺と付き合ってくれ。好きな時に吸血していい。それで吸血衝動が満たされた状態で好きってことならそれは俺のことが『好き』ってことだろ?」
「それは確かにそうですけど……」
「じゃあ今度は吸血関係なく、澪のことを堕としてみせるから」
「ふふっ……」
ようやく澪が笑った。
ああ、やっぱり笑っている澪が一番カワイイ。
「センパイの……バカみたいに誠実なところは……好き、です」
「それは本音の方か?」
「っ~……! 本音ですよ! 恥ずかしいこと言わせないでください!」
耳まで真っ赤にして澪が恥じらう。
あれ、やっぱりこっちの澪の方が好きかもしれん。
「じゃあ改めてよろしく頼むよ、澪」
「センパイ……今までごめんなさい。それと……これからもよろしくお願いします」
「ああ」
何故俺の血がここまで美味しいのか、知ったのは随分時間が経ってからだった。
どうやら吸血鬼は好意を抱いた相手の血をより美味しく感じるようにできているらしい。
要するに、俺が澪を助けたあの瞬間から、澪は俺に好意を抱いてくれていたのだ。
そしてより俺の血が美味しくなっていったのは……俺が食生活の改善を頑張ったこととも運動を始めたこととも直接的に関係がなかった。
澪の隣に立つために相応しい人物になろうと努力して……見た目とかにも気を付けて、それなりにイイ男に変わった、というのが直接の原因だった。
要するに、吸血の対象としての『好き』と恋愛の対象としての『好き』は同じだったわけだ。
そのことを知った時の澪の恥ずかしぶりったるやいなや……
この世界で一番かわいかった。
センパイ……私欲しくて我慢できないの……!
センパイからの反応が!!
あれぇ、センパイもしかして〜別のナニかと勘違いしたんじゃないんですかぁ?
やっぱりセンパイ、チョロいです♪
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