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おぼろげな歌詞

「最近の子供ってゲームしてるかスマホ弄ってるかで、何も使わない遊びとか知らないんだよな。」


 居酒屋から外へ出て来ながら、叔父はぼやく。俺の叔父は普段離れた地方に住んでいるが、仕事の都合上たまたま近くに泊っているとのことで俺は顔を見せに来ていた。


 昭和の時代から営業マン一筋で生きてきた男には、居酒屋の雰囲気が良く似合っていた。もっとも今のご時世、グラスに満たされているのはウーロン茶であり、屋内での会話は慎まれたが。


「ウチのタツオに聞いてみたら、わらべ歌なんか一つも知らないって言うんだ。びっくりしちゃってさ。」


 タツオというのは俺の従兄の息子、つまり叔父の孫の名前だ。去年と今年の年賀状に載っていた写真でしか見たことは無かったが、もう言葉を十分に喋れるほどには成長したんだろうか。


 近くのホテルに向かう叔父に付き添いながら、俺は適当に相槌を打つ。


「まだ小さいし、歌うこと自体が難しいんじゃないんですか?」


「そう言うお前はどうなんだ。そういう手遊びの歌とか、もう知らない世代なんじゃないの。」


 叔父の見立て通り、確かに俺自身もまたそういう遊びから縁遠い世代である。とはいえ俺だって無知な人間ではない、一般常識に入る程度の歌であれば口ずさむことぐらいできる。


「あれとか知ってますよ、かーごめかごめー、とか。」


「それだけか?そっから先は。」


「こんな道端でフルに歌えってんですか。」


「じゃ、知らないってことでいいか?」


 昭和生まれのオヤジが抱く先入観通り、ステレオタイプな若者像に嵌まってなるものかと俺は歌詞の続きを思い起こす。


「かーごめかごめー、かーごのなーかのとーりーは……えーっと。」


「そら見ろ、やっぱり平成生まれにはもう無理だ。」


「いや、知ってるんですよ、聞いた事はあるんですって。最後は、後ろの正面だーれ、で終わるのは分かってるんですけどね。」


「どうせアレだろ?お前、『本当は怖い日本のわらべ歌』みたいな都市伝説で覚えて、そこだけ印象に残ってるんだろ。」


 悔しいが叔父の推察通りである。一時期、俺が都市伝説や怪談を載せた動画や掲示板サイト巡りにハマッていた頃、『かごめかごめ』を題材にしたものも目にしたことがある。この歌がそもそも集団で遊ぶ際に歌われるものだ、という事もその時初めて知った。


 むろん、実際にその歌を歌いながらの遊びに参加したこともない。幼少期は各々がアニメキャラクターになりきって行う戦いごっこが主流で、多少成長した頃には叔父の先入観通りに遊びといえばテレビゲームであった。


「まぁ、そうですけど。」


 これ以上意地を張っても何も出てこない俺は、渋々ながら降参する。叔父は見た事かとばかりに満足そうな笑みを浮かべ、しゃがれていながらも意外に良い声で続きを歌い始めた。


「いついつ出会う、夜明けの晩に、鶴と亀がすーべった、なべなべそーこぬけ……」


 そこまで歌って、固まっている。俺が叔父の顔に視線をやると、彼もまたそこから先を思い出せずにいるのか目をパチクリさせていた。


「叔父さんも思い出せないじゃないっすか。」


「いや、多分、これで全部だろ。なべなべそーこぬけー、後ろの正面だーれ?で終わりだ。」


「そんな歌詞でしたっけ?というか、なべなべ……って歌詞、完全に聞き覚えないですけど。」


 彼の記憶もあやふやであることについて突っ込んでやりたい気持ちはあったのだが、叔父にとっては都合の良いことに我々はホテルの目の前まで来ていた。たいして重大でもない話題はその場で有耶無耶になり、叔父は適当な別れを告げてそそくさと去っていった。


 自宅に戻った俺であったが、先ほどのやりとりで不明瞭になった部分がモヤモヤと気になって仕方ない。今は便利な時代だ、スマホで検索キーワードを入れればたちまち歌詞の全文が出てきた。


「そうだそうだ、鶴と亀がすべった、後ろの正面だーれ、だよな。」


 叔父の歌った内容はどこにも出てこない。俺はついでに、母……叔父から見れば姉……にもメッセージを送って聞いてみた。


〈叔父さんと、かごめかごめの歌詞について話してたんだけど。〉


〈なんで?〉


 母からは至極当然な疑問が返ってくる。叔父の孫がわらべ歌を知らないという話から入ったという説明だけは済ませ、叔父が本来とは違った歌詞を覚えていた件についても触れる。


 スマホで字を打つのが異様に遅い母は、短い返答を送信するのにも時間がかかった。


〈あの子、いっつも遊ぶ時はドベだったから〉


 何をして遊んでいても勝てず、最後まで負け残っていた、ぐらいの意味であろう。


〈かごめかごめしてても、最後まで残って〉


 母と叔父の住んでいた地域では帰り際にこの遊びを行い、「後ろの正面」を当てた子供から先に抜けて帰っていたらしい。言い当てられてしまった子供が次に中央でしゃがみ、再びかごめかごめを歌いながら他の子どもはぐるぐると回り出す。


〈最後、二人になるでしょ〉


 目を伏せてしゃがんでいる一人を複数人で手を繋いで囲み、歌っている間ぐるぐる回り続ける遊びである。三人まではぎりぎり成立するものの、手をつなぐ子供が二人になってしまっては中心にしゃがませる者が居ない。


〈そしたら、後ろの正面を聞いたらダメ〉


 これについてはしばらく意味が分からなかったが、その状況を想像してみてようやく合点がいった。二人だけが両腕を繋ぎ、『かごめかごめ』を歌いながらぐるぐると互いに回っている際、中心にはすでに誰もいない。


 その時、誰もいない中央の空間、自分たちの腕で囲んだだけの円の真ん中に「後ろの正面だーれ」と問うことは出来ないのだ。いや、ダメだと言うのだ。


〈なべなべそこぬけ、そこがぬけたらかえりましょ、で終わるの〉


 つまり、叔父はいつも最後まで残っていたため、その歌詞をおぼろげに覚えていたという事だろう。最後の二人になった時、そのように歌って家に帰ることが決まっていたのだろう。


 『なべなべそこぬけ』で検索してみれば、確かに二人で手を繋いで遊ぶ際の歌であるとの解説があった。歌詞も、「かえりましょ」で終わっている。


〈ためしに、二人きりで回ったあとに、誰もいない真ん中に向かって「後ろの正面だーれ」って言ってみたことある?〉


〈それはアカン。ほんまに。〉


 母は地元の口調で、文字を打ち込んでいた。これに類する都市伝説か怪談が無いか、「かごめかごめ 二人で」等と俺は検索してみたが、しゃがんでいる一人の周りをひとりの子供が回っている画像や、影分身した漫画のキャラクターが一人を取り囲んでいるネタ画像ぐらいしかヒットしなかった。


 二人で両腕を繋いで回りあい、かごめかごめの本来の歌詞を口にする遊び。試したことのある人間は、居ないのだろうか。あるいは、居なくなったのだろうか。

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