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知らぬお楽しみ会

 幼い頃から集団行動というものに馴染めなかった私のことを両親は案じたのか、小学校に上がってからは児童会の主催するキャンプや合宿によく参加させられた。参加するたび協調性の無さを露呈し、しかし孤立する状況を恥じたり嫌がったりする心理を持たぬ程に幼かった私は毎度満足げに帰ってきていたらしい。


 あれは小学生となって一年目の夏のことだったろうか、私は信州にある宿泊施設にて開催された児童向けの夏合宿に参加していた。子供の感覚では永遠に続くかとも思われるほど長く感じる、夏休みのど真ん中である。


 引率役の先生に連れまわされ、そば打ち体験やわさび農園の見学に同行している分には何の問題もなかった。自分は同じ班の旧友の後頭部か、引率役の大人の尻のみを見つめて追ってさえいれば良かったのである。


 冷たいものを口にするたび腹を下す自分の体調も鑑みず休憩時に渡されたソフトクリームを一気に喜んで食し、移動用のバスの中で盛大に下痢を漏らした以外は順調な合宿であった。


 私の協調性の無さが露呈するのは、毎度のことながら宿泊施設に到着してからのことである。何処のキャンプであろうと合宿であろうと、子供たちが寝泊まりする部屋にまで引率の大人があてがわれることは少ない。


 大人は優先的に最も幼い参加者たちに付きっ切りであり、小学校に上がったばかりの子供は班のリーダーに任ぜられた上級生によって面倒を見られる形になるのが恒例である。そして、上級生と言えど同じ小学生であるリーダーたちにも、自分たちの遊びや楽しみというものがある。


 宿泊施設に着き、トイレにて汚れた服や下着を脱いで下痢便のベッタリついた尻を清拭し、自分の着替えを詰め込んだ重い旅行鞄を引きずってようやく寝床へと到着した私は、既に自由時間へと突入していた他の子たちと合流することなく、そのまま蓄積していた疲労によって睡眠へと引きずり込まれたのであった。


 夢うつつの中で、誰かに身体を揺さぶられているような感覚を味わい、ふと顔を上げてみれば布団に突っ伏した自分の周りに誰も居ない。窓の外から除く空は重い群青色に染まり、どこか遠くから皆が楽しそうに笑いはしゃいでいる声々が響いてくる。


 夕方から夜にかけてお楽しみ会が催され、そこで様々な楽しい遊びが行われる予定だったことを思い出した私は大慌てで起き上がった。協調性のない子供といえど、自ら孤立を望むわけではない。皆が楽しそうにしている雰囲気が伝わってくる中、一人取り残された状況に焦りを抱きながら寝室の扉を開け、私は廊下へと飛び出して行った。


 この合宿所は学童によって利用されていることも想定されているのか、学校の教室にあるような机や椅子が用意されたミーティングルームを備えていた。きっとお楽しみ会はそこで行われているに違いない、合宿における遊びの定番たる椅子取りゲームやハンカチ落としなどで皆は盛り上がっているのだろう、そう考えた私はミーティングルームへと急いだが、もぬけの殻であった。


 いよいよ昏くなっていく時間帯、灯りの付いていない部屋は窓枠で切り取られた青黒い窓外の景色を残して真っ暗に沈んでいる。ここでないとしたらどこだろう、お楽しみ会はどこで開催されているんだろう。やはり合宿所のどこかから聞こえてくる皆の笑い声を求め、私が次に向かったのは食堂である。


 他に大勢で集まれる場所といえば食堂ぐらいしか思いつかなかったのだが、そこもまた灯りは点いておらず、暗闇の中に沈んでいた。


 しかし、先ほどまで建物内に響いていた皆の笑い声は、その食堂の暗闇の中から聞こえて来ているのだ。ひとつの確信を得た私はつま先立ちで手を伸ばして壁のスイッチを探り当て、食堂の照明を点灯させた。


 はたして、皆はまさにその場に居た。明かりを消して真っ暗な中で何をしていたのやら、きちんと各々着席して楽しそうに笑い続けている。私はホッと安心し、自分のために空けられていたのであろう席を見つけて腰を下ろした。


 笑い声に囲まれた私はわくわくしながら、次にどんな面白い遊びが行われるのかと楽しみに待ち続ける。盛大に笑い、はしゃぎ、好き放題に騒ぎ立てる子供の群れの中でキョロキョロと周囲を見回しているだけでも心が昂った。子供は何をするわけでなくとも、明るくはしゃぎ続けているだけで楽しさを感じるものなのだ。


 眼の前の同級生が白い歯を見せながら何事かを喋りかけてきたが、この喧噪の中では何を言っているのか分からない。彼に合わせて私も笑い声をあげると、相手も満足したようにいっそう口を大きく開いて笑った。


 食堂の白い長テーブルは綺麗に拭きこまれ、食事時と異なって皿や料理のごちゃごちゃした類が一切乗せられていない様は見るからに清々しく、その光景も私の興奮に拍車を掛けていたようである。何か意味のあることを聞いたわけでも喋ったわけでもなく、ただただこみ上げてくる歓楽にくすぐられるかのように私は朗らかに笑い続けた。


 しかし、いつになったら次の催しが始まるのだろう。小さな疑問がふと湧いてきた私は頭を巡らせて引率役の先生の姿を探ったが、この食堂の中に大人は居なかった。この熱狂は先ほどまで行われていた遊びが終わったばかり、皆は次のイベントを待っているのだろうか。


 それにしても長く待たされ過ぎる。一度湧いてきた疑念はますます強くなり、先ほど笑いあった友人ともこの疑問を共有しようと話しかけてみる。


「先生は、いつ出てくるの?」


 私の声は簡単にかき消され、話しかけた相手は何が面白いとも知れず笑い続けた。その笑顔があまりにもおかしそうなあまり、発言を無視された私もまたつられて笑いだしてしまうほどであった。彼ばかりではない、周囲の子供たちもますますもって大爆笑し、大口を開けて白い歯を見せ、彼等の手はテーブルをバンバンと叩いた。


 この場が楽しいことには違いなかったのだが、いくら待ち続けていても埒が明かない。皆と合わせるような性格であればそのまま楽しく騒いで待ち続けたのであろうが、私は席を立った。何よりも、自分だけまだ何の遊びにも参加できていないのである。子供たちだけが騒いでいる空間に、場を取り仕切る存在は居ない。


「ちょっと、先生探してくる。」


 やはり喧噪に押し流されて誰にも聞き取られなかったであろう一言を残し、大爆笑を続ける皆の間を抜け、私は食堂から出て行った。廊下から覗く窓の外はすっかり真っ暗である。灯りの付いていない部屋や廊下の奥は完全に宵闇が満たされ、何も見えない。


 が、窓外の一角が異様に明るくなっていることを発見した私は、そちらに目を凝らした。電灯とは異なり、赤々と揺れる不安定な光源。それが燃え盛る炎であり、それを囲んで幾人もの人影が腰を下ろしている様も近づいていくほどに明らかとなった。


 いったい、誰が焚火をしているのだろう。この宿泊所に、自分たち以外の団体客が来ていたのだろうか。訝し気に眺めている私の姿に気づいたのか、焚火を取り囲んでいた人影の一人がこちらへとやって来る。


 警戒し、緊張して身を固くしている私の前にあらわれたのは、他ならぬ引率の先生であった。


「やっと、起きてきたのね。もう、キャンプファイアーのお楽しみ会は始まってますよ。」


 状況を十分に把握できていない自分は手を引っ張られ、燃え盛る炎を囲んで座っている一団のもとへと連れていかれた。見れば、そこに座っていたのは間違いなく自分の知る級友たちであり、焚火の傍で面白可笑しく即興劇を披露している先生たちの姿を見ては楽しそうに笑い声をあげている。


 先ほど食堂で自分が共に笑い合っていた彼らは何だったのだろう、と私は宿泊所の方を振り向く。食堂のものと思しき窓からは未だに点けっぱなしの明かりが漏れていたが、夥しい数の人影が窓に張り付き、じっとこちらを見つめていた。私は彼らの正体が気になったが、今から手品を披露するという先生の呼び声につられて焚火の方へと向き直った。


 それ以降、自分たちではない子供集団の姿は見ていない。無論のことながら、その日の夕食、および翌日の朝食も食堂で皆が揃って摂ったものの、何も妙な事は起きなかった。

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