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普通の駅

 湯気を立てるコーヒーカップを手にデスクへと戻って来た俺は、脱いだ制帽を机の脇において監視モニターを見続ける職務へと戻る。ここは鉄道駅のモニター室。駅建物の至る所に備えられた監視カメラから送られてくる映像は、俺の目の前にあるディスプレイに表示されている。


 徐々に駅のコンコースを行きかう人の数が増えてくる時刻。この大きな駅の中にはコンビニや食品店、書店など多様なショップが並んでいるものの、立ち止まる通行人は滅多にいない。皆一様にせかせかと足を動かし、目的の場所に向けて去っていってしまう。


 駅という場は広いようで、混雑時には大人数の移動経路として狭すぎるのだ。誰かひとりが足を止めれば、その場で人の流れは滞留し、混雑はより顕著となってしまう。警備の面からも、利用客たちがスムーズに移動を続けてくれることに越したことはない。


 が、そんな状況においても足を止める者は現れる。さきほど立ち止まった一人の老人が、群衆の流れの一部をせき止め続けている。近くを歩く人々が大儀そうに彼の身体を避けて歩いているにもかかわらず、まるで動こうとはしない。


 カメラ映像を拡大し、老人の様子を詳細に観察する。彼は店でもなくフリーペーパーが置かれているコーナーでもない、何の目印もない場所で立ち尽くしていた。何故か老人の目は監視カメラの方を見ていたが、まるで画面を越してこちらに直接視線を注いでいるかのごとき生々しさを感じた俺はそっと別のカメラに表示を切り替えた。


 こういうことは、たまにある。偶然、監視カメラの方を眺めていただけの老人かもしれない。何にせよ危険な位置に立ち止まっているわけでもないのだし、しばらく目を離していても構わないだろう。よく分からない物事には関わらずにいるに限る。


 駅の改札口ほど、人間が機械に合わせて行動する場所も他に無いだろう。あるいは切符や定期券を投入し、あるいはICカードを読み取り機に押し当て、列の流れを途切れさせぬよう、途切れさせるのを恐れるようにして、改札機で区切られた列にそって次々と人群れが通り抜けていく。


 この画面にも俺はしばらく目を凝らしていたが、これといって異状は見当たらない。しいて言えば改札口から離れた位置でじっと降車側のホームを見つめている客がいるぐらいだった。誰かの帰りを待ち続けているのだろう。慌ただしい雑踏に囲まれて過ぎる時間は意外に長く、退屈に感じるだろうが、その客はスマホもいじらずじっと一点を見つめ続けていた。


 いよいよ本格的に混雑し始めたホーム上では、利用客の幾名かがホームの縁ぎりぎりを歩いていた。乗車を待つ客たちは白線の内側に列を為しているため仕方のない事ではあるが、こちらも保安上は悩ましい問題だ。


 ホーム柵及びホーム側自動扉の設置はこの駅においても行われていたが、それでも線路から離れた位置を通行してもらいたいものだ。見れば、乗客達は二列、ないし一列で並んでいる。これでは間延びした列がすぐホームを横断してしまうわけだ。せめて三列か四列で並んでくれれば、多少はホームの奥側に通行の余地が生まれるだろうに。


 長いホームの随所で稼働しているカメラを次々に切り替えていた俺は、一瞬飛び込んできた異様な光景に手が止まる。人々で溢れるホームの一角、一人の男がホーム柵を乗り越えるような仕草を取っているように見えたのだ。モニターの切り替え操作を逆に進めるも、幾度見返しても線路上で倒れたりうずくまったりしている人間の姿は無い。


 恐らく、紛らわしい仕草を見間違えたのだろう。長時間にわたって画質のあまり良くない監視映像を見続けていると、目が疲れてくることもある。電車は来ないため慌てることは無いのだが、それでも稀に、ごくごく稀に、実際に線路上へ落ちてしまった人が居る場合もある。その場合はもちろん緊急連絡を発し、救助に向かわねばならない。


 ホーム間を結ぶ廊下部分へ画面を切り替える。途端、分かりやすく目の当たりにした異常事態に俺は立ち上がった。おそらくLEDライトか何かだろうか、強力な光を放つ懐中電灯を振り回して歩いている若者二人組がいる。周囲の利用客たちからは何事かと訝しむ視線を向けられているにもかかわらず、彼らは衆目を憚ることなく迷惑行為を続けていた。


 制帽を被り、警備員室を出た俺は早足で現場へと向かう。こちらの靴音が聞こえていたのか、到着したときに若者たちはライトを消し、その場を離れようとしていた。


「おい、君たち。それをすぐにやめなさい。」


「やめるって何を。」


「いちいち言われなくても分かってるでしょ、駅からとっとと出てって。」


「うっせーな。」


 反省の色など皆無、あくまでしらばっくれ続ける若者たちであったが、これほど即座に自分たちの行為を咎められるとは思いもよらなかったのだろう。この場で粘ることなく、即座に駅構内から立ち去って行っただけマシな部類であった。


 モニタールームへと戻って来た俺は制帽を脱ぎ、時計を見上げる。もうじき五時、そろそろ監視カメラに映る人数も減ってくる頃だ。改札を通り抜ける人々もまばらになり、ホームに並び続けていた人群れも端の方はただの影のように見え始めた。


 窓の外で、空が白み始める。そろそろ始発電車が来る頃か。夜通しにらめっこしていた監視カメラの画面を送り、コンコースで立ち止まってこちらを見つめている老人の霊も姿を消していることを確かめた。今夜も異状なし。あの若者たちについては、落書きも何も被害を残さなかったことに免じて、不問に付すとしよう。


 朝の光の中、到着した交代の警備員に引き継ぎを行い、俺は私服に着替えて駅の外へと出ていく。駅前のコンビニで、夜明け前の駅構内へ勝手に忍び込んでいた若者たちと再会した。


「あ。」


「どうも。」


「ちょっと聞いていいすか?あの駅、心霊スポットっての、マジですか?」


「俺たち、何も見なかったんだけど。」


 コンビニのコーヒーマシンに紙コップをセットしつつ、俺は何ほどの事も無いように答える。


「普通の駅ですよ、普通の利用客さんしか来ませんから。」

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