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どうか目覚めないで

 寝床の中で、目を開いた。窓の外は薄明るいが朝と呼ぶには暗く、部屋の隅は薄闇の中に沈んでいる。起き上がって出かける準備を始めるにはまだ早い時間なのだろうが、あとどれだけ身体を横たえていられるかを知りたい。


 壁に掛けられた時計の方にぼんやりと開いた眼を向けようとして……自分の体を動かせないことに気づいた。


 いわゆる金縛りというものだろう、と努めて冷静でいようとする脳内では何の事態解決にもつながらない分析が行われている。理性の制動から切り離された動悸が徐々に早まっていくのを感じつつ、指先だけでも動かせればと改めて力をこめるも、ピクリとも動かすことはできない。


 金縛りの起こるメカニズムは科学的に解明されている、という話を聞いたことがある。疲労時に意識だけが目覚めている状態だとも、就寝直前にスマホなど弄っていると陥りやすいとも。耳元でラジオのノイズのような雑音が、ザーザーと鳴り続けている。


 そんな分析が何の慰めにもならなかったのは、明らかに自分以外の何者かが立てる足音が聞こえたためだ。


 ひとり暮らし、他に誰もいないはずの家。気のせいか、部屋の外からの音を聞き違えたか、と耳を澄ました時に限って何も聞こえない。相変わらず身体は動かせず、耳元ではノイズがザーザー喚いている。


 奇妙なことに気づく。動かせない体を無理にでも起こそうと力をこめる度に、耳元の雑音が強まるのだ。こちらが金縛りに強く抗おうとするほどに、ノイズも大きくなる。まるでこちらの意志を遮るように、諫めるように強まる雑音は、起き上がることを躊躇させるほどに不安を大きく煽った。


 だが、このまま寝ても居られない。寝坊を恐れたためではない。先ほどの足音が、直ぐ近くで聞こえた。焦りの中で早く起き上がろうとすれば、耳元の雑音が大きくなり、周囲の音が聞こえない。力を抜くと、更に近づく足音が聞こえる。


 自分ではない何者かが、着実にこちらへ近づいてきている。


 恐怖よりも不安が優った。無防備な状態のまま、この何者かに触れられたくない。言うことを聞かない体に悪戦苦闘し続けている間にも、耳をつんざくほどの音量で雑音は鳴り響く。息を切らして力を抜いた時、耳元で床がミシリと軋んだ。


 すぐ横に、誰かがいる。半開きの瞼も、眼球も動かせない今、確認することはできない。が、その何者かに顔を覗き込まれるのを待ちつづけるのも耐え難い。


 跳ね起きた。ようやく身体が目覚めたのか、あるいは先ほどまでが夢であったのか。起き上がって狭い部屋の中を見まわしたところで、誰も居るはずがない。寝間着から着替え、尾を引く不安感にせっつかれるように家の中を見て回る。辺りは薄暗く、日が昇ってくる直前の薄明が窓から見上げた空を染めつつある。


 玄関や窓は施錠されたままだし、照明をつけて確認した洗面所やトイレにだって勿論誰もいない。が、何故か安心できない。さして広くもないアパートの一室、自分以外の何者かが一緒に居る気配は簡単に誤魔化されるものでもない。その体温、息遣いまでハッキリと感じ取れる。


 先ほどの夢の名残だと自分に言い聞かせながら戻ってきた寝床の前で、心臓が飛び上がった。



 そこには自分自身が眠っていた。



 つい数秒前まで自分が寝ていたのと、まさに同じ格好で。自分の意識はここにある、だが現に寝床に残されている自分の体は生々しく体温を発し、呼吸の音を立てている。となれば、自分は体を残して意識だけで跳び起きてしまったのだろうか。


 寝床の上の自分が身じろごうとする。瞼をひくつかせ、今にも目を開きそうだ。もしも彼が目を開いたら、その身体は勝手に起き上がり、自分として行動し始めてしまうのだろうか。そうなれば、ここに意識だけ残された自分はどうなってしまう?


 恐ろしい予感を前に、自分は自分の肉体が勝手に目覚めないことばかりを強く願った。


 どうすれば寝床の上に横たわる、自分の体の中に戻れるのだろう。体に触れさえすれば良いのだろうか。それよりも、不用意に音を立てて肉体を先に目覚めさせてしまうことだけは避けなければ。慎重に、慎重に一歩ずつ近づいていく。どうか、自分がその体の中に戻るまで、勝手に目覚めないでくれ。


 寝床の上の肉体は、祈るようなこちらの意思に抗う様に、無理にでも体を動かそうとしているように見えた。あと一歩。いや、もう半歩ほど近づけば、自分の身体に触れることが出来る。


 自分の足の下で、床がミシリと軋んだ。意識だけの存在にも、体重はあるのだろうか。魂の重さは21グラムだとか聞いたことがある……



 触れようとする直前、寝床の上で自分の身体が勝手に目を開いた。



 跳ね起きた。ようやく身体が目覚めたのか、あるいは先ほどまでが夢であったのか。起き上がって狭い部屋の中を見まわしたところで、誰も居るはずがない。寝間着から着替え、尾を引く不安感にせっつかれるように家の中を見て回る。辺りは薄暗く、日が昇ってくる直前の薄明が窓から見上げた空を染めつつある。


 玄関や窓は施錠されたままだし、照明をつけて確認した洗面所やトイレにだって勿論誰もいない。が、何故か安心できない。さして広くもないアパートの一室、自分以外の何者かが一緒に居る気配は簡単に誤魔化されるものでもない。その体温、息遣いまでハッキリと感じ取れる。


 先ほどの夢の名残だと自分に言い聞かせながら戻ってきた寝床の前で、心臓が飛び上がった。



 そこには自分自身が眠っていた。

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