泥まみれの子
我が家では大掃除を年末のみならず、夏を迎える前にも行った。冬の寒い時期に水を触るよりはずっと拭き掃除も捗り、蒸し暑さの中で生えるカビも嫌ったためである。
家具を動かし、本棚の内部も全て取り出し、湿気が籠りそうな箇所はことごとく清拭して乾かすのだが、中でも引っ張り出すのに一苦労するのはアルバムである。紙の本とは比べ物にならぬその重量といい、表紙がビニールで覆われたものは湿気と熱気で滑りが悪く簡単に引き出すことが出来ない。
また、アルバムのページをめくり始めれば思い出話にも花が咲き、作業の手を止めさせてしまう点も掃除を難航させる要素であった。
子供の頃の実家には、特に目立って大きなアルバムが三冊あった。父と母が、自分と弟が生まれた後からの成長記録を保管しているアルバムである。
自分と弟、それぞれのアルバムが合計二冊あるのであったら話は分かりやすかったのだが、なぜ三冊あるのか理由は不明であった。一度母に問いただした時は、
「アンタと裕介(弟の名前である)、両方写ってる写真用だよ。」
との返答を得た。とはいえ歳も大して離れていない自分と弟は、幼少期において同時に写っていない写真の方が珍しく、どちらか専用として作られているアルバムの中にも当然ながら二人が両方写っている写真は挿まれていた。
自分用でも弟用でもないそのアルバムの中には、確かに二人の幼い姿が一枚に収められている写真が幾枚か貼られていたものの、明らかに数も少なくページは全体の一割ほどしか使われていなかった。
兄弟に関する奇妙な話と言えば、こんなことも思い出した。
自分の弟の名前は前述の母の発言にもあった通り「裕介」というあまりにありきたりなものであるが、母は弟のことを「さぶろう」となぜか呼んでいた時期があった。
もちろん我が子に付けた名を忘れるほどにボケてしまっているわけではなく、母はまだ若く、自分がようやく物心ついたころのことである。人語を操るにはあまりに幼かった弟は、自らがそう呼ばれていた記憶すらないだろう。
母による弟の呼び方が、弟の本来の名前とは違っていることを幼少期の自分も気づいていたであろうが、母にその間違いを指摘し訂正することはしなかった。それほどごく自然に、弟は「さぶろう」と呼ばれていたのである。
尤も、母は猫を見れば「レオさん」(ジャングル大帝が流行っていた頃に猫を飼っていたらしく、その当時の白い飼い猫はおおよそそのように呼ばれていたらしい)と呼び、牛を見れば「モンぞう」(田舎での牛の呼び方としては意外にも一般的なのか、つい最近とある動画投稿サイトにてゲーム実況者が同じ呼称を牛に用いていたのを聞いて驚いた記憶がある)と呼ぶなど、本来の名とは異なる呼称を対象に与えることが習慣として身についていたのかもしれない。
しかし、それにしても「さぶろう」とは奇妙である。確かに男の幼い兄弟への呼称としてはいかにも似つかわしい響きを有する言葉であるが、自分たちは二人兄弟だ。自分が長男、弟のことは「じろう」と呼ぶのが適切だろう。
この指摘をしばらく前に母へぶつけたところ、
「あ、たしかにね。」
と、トボけた回答が返ってきたのみであった。
不審な事は他にもあった。いつであったか、学校での合宿に備えて着替えの類を一週間分引っ張り出して準備せねばならぬ状況に自分は陥っていた。それも、合宿に出発する前夜のことである。
普段の着替えの保管を全て親任せにしていた弊害、どこに自らの服が仕舞われているかを把握していなかった自分は、慌ててタンスの中を掻きまわしているうちに妙なものを発見した。
驚くほどサイズの小さい服、それもレースやリボンがふんだんにあしらわれた可愛らしいデザイン。どう見ても女の子向けの服であったが、うちは母以外が全員男、近い親戚にも男の従兄弟しかいない。
不思議そうに見つめている自分の背後から、下着の類を山のように抱えて運んできた母はドサッとそれらを床に降ろし、さっさと荷造りを済ませるよう厳然と命じた。当然ながら疑問符で脳内が溢れていた自分は、この奇妙な代物について尋ねたわけであるが。
「てっきり女の子が生まれるもんだと思ってた頃に、子供用の服を練習してたんよ。」
しかし残念ながら男の兄弟しか生まれなかったわけであるが、この女の子向けの服を捨てずに置いてあることはやはり奇妙であった。
こんなことを今になって思い出したのも、つい先日、幼少期から繰り返し見続けている夢を再び見ることになったためである。
幼い自分は公園で弟や友人たちと共に遊んでいる。何処の公園か、何をして遊んでいるのかについての印象は残らない。なにぶん、とにかく短い夢なのだ。
夕日が空の低くから暮れの光を投げかける中で、一区切りついた遊びが終わり、次に何をして遊ぼうかと自分は提案を呼びかける。その時、顔が泥まみれになった子供が……顔つきや身なりでは少年か少女かの判別はつかない……眼の前にやってきて、憎まれ口をたたくのだ。
「よくそんなこと言えるね、何も知らないで。」
大した悪口でもないそれを聞かされ、何故かカッと頭に血が上った自分は思いっきりぶん殴ってやろうと拳を振り下ろす。
それと同時に目を覚ますのだ。一人暮らしをしている今は、その拳は虚しく壁に打ち付けられている。
が、幼い頃、両親の隣に眠っていたときは、その拳は母の身体に振り下ろされていた。幼児の力ゆえに大して痛くは無かったろうが、母はたいそう驚いていたように思う。
慌てて起き上がり、早朝の薄明りの中でこちらの顔を確認し、ほかならぬ我が子であることを確かめたあとようやく安心した顔を見せていたのであった。