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誰を見いつけた

 子供の遊びとしてはあまりに古典的なものではあるが、俺が小学生の頃にもかくれんぼが流行った時期は確かにあった。既に各家庭にパソコンやゲーム機があるのが珍しくない時代ではあったが、それでも学校という勉強の場を遊び場に変えてしまうこの遊びは他に代えがたい痛快さを有していたのだ。


 俺の小学校では負けず嫌いな奴が多かったせいか、かくれんぼの最中に大人しく一か所で身を潜め続けるようなことは少なかったように思われる。かくれんぼで勝つためには、まず鬼役を監視することだ。そして、自らは常に移動し続け、相手が既に探し終えた場所へと隠れるのだ。


 そも、参加者全員が初めて来たような場所でかくれんぼする場合は話は別だが、同級生同士で放課後の学校を舞台にかくれんぼを実行している以上、隠れることが可能なスポットは絞られてくる。互いに勝手知ったる校舎の中、じっと一か所にとどまることに何のメリットもない。


 むろん、探しに行く側になった鬼もノンビリと隠れ場所を覗き込んでいては延々と参加者に逃げられ続けてしまう。常に油断怠りなく周囲の足音や息遣いに耳を凝らし、時には次の場所へ探しに向かおうとする足を止めて急反転し、こちらの様子を窺っているであろう連中の予測を欺かねばならない。


 靴音も使いようである。当然ながら鬼の捜索と並行して移動し続ける以上、足音は相手に与えられうる有効な手がかりだ。俺たちは汚れるのも構わず靴を脱ぎ、靴下や素足の状態で校舎内やグラウンドの砂の上をコソコソと移動して回った。


 鬼役となって探す際は、あからさまに聞かされる足音を信用してはならない。音の聞こえた方へ誘導されたところで、誰を見つけることも出来ないだろう。


 中には学校の敷地外に出て道端に隠れる奴までいたが、この遊び方の真骨頂はこちらに気付かぬ鬼役を見失わないよう、かつ見つからないよう追跡し続けるスリルにあるのだ。自らゲームの場から離脱するような真似は野暮なものとする暗黙の了解が次第に醸成されていった。


 そういうわけで、俺たちが小学生の頃のかくれんぼは鬼ごっこにも近い様相となっていた。ルール上の差異があるとすれば相手の身体にタッチすることではなく、「見つけた」と宣言することが鬼側の勝利になる程度だろうか。


 俺の勝率はあまり良くなかったように思われる。というのも、意表を突くつもりで鬼役のすぐ間近に身をひそめることが多かったためだ。見つかりやすいというリスクの一方、まったく気づかれることなくやり過ごせた時の快感は得難いものであった。


 このかくれんぼにまつわって、忘れがたい経験がひとつある。その日の放課後も、掃除の澄まされた教室の中に集まった俺たちはかくれんぼを始めようとしていた。参加者が四名と少なくなっていたのは、かくれんぼで勝つことのできない連中がそろそろ興味を他に移し始めた頃だったためだ。


 じゃんけんで決まった鬼は、すぐさまに黒板に向かって目を塞ぎ、数をゆっくり数え始めた。十まで数えれば探し始めるというクラシックなスタイルは変更されていない。俺たちのかくれんぼにおいて、与えられる猶予時間は大して意味を持たないからだ。


 さっそく、教室内の掃除用具入れをバタンバタンと露骨な音を立てて開け閉めしている友人。ご丁寧にも中に入れられていたホウキの類を床に出すなどしているが、当然ながらこんなあからさまな場所に隠れる奴はいない。


 鬼がいったん覗き込んだあとを狙って入り込むという手はあるが、それも俺たちの間では常套手段だ。掃除用具入れを開け閉めしていた友人は、騒音を立てるだけ立てて教室外へ走り去っていった。


 俺もかかとを踏みつぶした靴でバタバタと足音を廊下で立てて離れていくように聞かせ、直後に靴を素早く脱ぎ捨てて素足で静かに教室の近くへ戻って来た。靴は階段の下に放り投げておいたので、足音を覚えていた鬼役は階下を探しに向かうことだろう。


 やがて隠れ時間を数え終えた鬼は、お決まりの言葉を叫ぶ。


「もういいかい?」


 もういいよ、などと答える奴はいない。敢えて陽動のために自らの声を聞かせる奴はいるが、鬼ごっこと違って見られただけでアウトなかくれんぼにおいては不利になる要素が強すぎる。


 鬼役はいちおう掃除用具入れの中を開け、やはり誰も入っていない様を確認して教室から出て行った。廊下から窓越しに奴の様子を確認していた俺は、奴と行き違うように後ろの扉から教室内へと入る。


 その直後にも意表をついて鬼役が即座に戻って来ないかと警戒しつつ廊下を覗き続けていたが、奴は何も気づかぬ様子で俺が先ほどわざと立てた足音の方へと歩き去っていった。こちらの作戦成功だ。


 あの様子では、しばらく教室内に戻って来ないだろう。このまま最初の集合場所に隠れ続けていてもいいが、それでは俺の見事な作戦を知らしめることはできない。つい先ほどまで鬼役の奴が目を塞いで数を数えていた黒板に向かい、チョークを手に取ってデカデカと文字を書いてやった。


『おれ、ここにいたよ!』


 これで、仮にあいつがこの教室内を再び探しなおそうと思い立って戻って来たならば、このメッセージを目にすることとなるわけだ。そう考えれば、鬼役が俺の書いた字を目にする瞬間を目撃したくてたまらなくなった。


 ちょうど、教室の掃除用具入れは中身が床に取り出され、先ほど一度内部が確認されたばかりである。再度奴が中を覗こうとする直前に、急に開いて驚かしてやってもいい。ルール上はその瞬間に俺の負けだが、二連続で鬼役の裏をかければ満足だ。


 掃除用具入れの中に入り、しばらく待っているうちに奴は戻って来た。俺以外の二人は、見つけられてしまったらしい。廊下を近づいて来る声々が和やかにも騒がしく響いている。


 教室に入って来た友人たちの反応は、あまりに見事なものだった。


「えっ……」


 一様にそう声を上げ、しばらく固まっている。掃除用具入れの扉の隙間から見ている俺は、友人たちが揃いも揃って目を丸くしている様に笑いをこらえきれなくなり、とうとう隠れ続けることもままならず噴き出しながら外へと出てきた。


「そんなびっくりすること?オレ前もやったじゃん、最初の場所で隠れてる作戦って。」


 この場が笑いに包まれることなく、友人たちの表情がいよいよ凍り付き、顔色を失っているのは俺の予想から外れていた。


「……どうかした?」


「お前、さっき俺らと一緒に見つかったよな?」


「どういうこと?オレはずっとここにいたけど。」


「でも、ここまで俺らと一緒に戻ってきて……」


 連中はしきりに背後を振り返るも、誰も居るはずがない。


 彼らが示し合わせて冗談を言っているのだと考えた俺はその後もあれやこれやと話しかけたが、連中の顔色が戻ることはない。まだ下校時刻には早かったが、二度目のかくれんぼを開始することもなく、その日は解散となった。


 その後、かくれんぼに情熱を傾けていた仲間も別の遊びへシフトしていったこともあり、学校でかくれんぼが行われることはまもなく無くなった。

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