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人狼血譜  作者: 椿狗
2/2

両親を亡くした日

優作の顔に衝撃を与えたのは外からはいってきた冷たい吹雪だった。

思いがけない衝撃に優作は怯み、それでもゆっくり目を開けると飛びこんできた景色に息を飲んだ。

居間はめちゃくちゃに破壊され、囲炉裏には踏み荒らされた血濡れのお守りにお札が散らばっており、野獣が出入りしたであろう玄関は原型すらとどめていなかった。自身の部屋の木戸は壊れた家具で横に引けないよう倒れてる。

襲って来ただろう野獣はどこかに去っていった。

「そんな、母さん……」

優作の母の遺体は破壊された居間のどこにもなかった。

「きっと穴もたづが母さんの体を埋めに持っていったんだ。」

熊は食べきれない獲物は土に埋める習性がある。

優作の推測を裏付けるように、辺りが薄明に包まれるなか、破壊された玄関から外へと血の跡が続いていた。外に警戒をしながら外を覗くと血の跡は境内を真っ直ぐ通り本殿へと続く階段迄繋がっていた。

「このままじゃ、父さんも襲われてしまうかもしれない。」

たった今、母を失ったばかりの優作にはこれ以上親を失う恐怖に堪えきれず、父のもとへ向かう支度をはじめた。

武器として台所から鞘に収まった出刃包丁を腰に携え。少しでも早く着きたいため藁沓に厚い綿入れを羽織るだけに納めた。

「よし、早く向かわなきゃ。」

この時、優作に山の獣について知識があれば気づいただろう。居間に残っていた大きな足跡は、熊の足跡ではないことを。

優作は雪に足をとられながらも早足で前へと進んだ。

父さんに会えたら母さんのことをどう言えばいいだろう、もしかしたらこの近くに穴もたづが息を潜めているだろう。

考え出したら悪い想像が止まらない。

歩み続けるほど、徐々に優作のぱっちりとした瞳には、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

優作はまだ12歳、心が不安と恐怖で支配されて動けず泣くことしかできなくなってもおかしくないのに、父を失いたくないという思いから生まれた勇気のみで歩み続けている。

「やっと..、着いた。」

向こうの山の峰に、初日の出が見えはじめた頃。父のいる本殿が目の前に見えてきた、本殿は何事もなさそうだ。

優作はほっと安心した。

バキバキ、バキン

「うぁぁぁ」

安心したのも束の間、目の前の本殿の扉を壊しながら揉み合う二頭の大きな獣が現れた。優作はふってくる木片の下敷きならないよう、尻餅をつき雪まみれになりながらもなんとか避けた。優作は自分の体に傷がないことを確認すると、倒木の影に隠れて様子を伺った。

「もしかして狼か、あんな大きさ見たことがない。 」

二頭の大きな獣は、ツキノワグマより大きい狼だった。

狼たちは互いに目を爛々と光らせ牙を剥き出し、にらみ合っている

一頭は焦げ茶色の狼で満身創痍、最も酷い怪我は前足の一本が失っいた。荒い息をあげ今にも倒れそうだった。

もう一頭は、焦げ茶色の狼よりはるかに体が大きく、見える限り全く傷らしい物がない。それよりも目をひくのは黒い体毛や口の回りが真っ赤な血で汚れてことだ。

こうなったら後ろから回り込もう。

父さん無事でいて!

優作は身をできるだけ小さくさせて、こっそり大きな狼の後ろにまわりこむ。一縷の希望を抱きながら心の中で叫ぶ。その刹那、偶然かその音の無い叫びと共に二頭の狼達の死闘の合図となった。

「やっと着いた。父さん大丈夫!」

本殿は内側から破った為、瓦礫は少なく代わりに祭具や御神体が散らかっていた。

崩れた御神体の隙間に父の腕が見えた。

「良かった父さん、今引っ張るか、ら……?」

腕を引っ張りだすとき、父はあまりにも軽い力で引き出せた。

「そんな、うぁあぁあああ」

優作は父だった物を見て叫んだ。父は体温の微かに残る腕のみとなり、瓦礫の下敷きになっていた。

優作は瓦礫でわからなかったが、父の手には何かを握りしめていた。それは、ここにあるはずの無い赤い母さんの襟巻きだった。

母さんを殺した野獣はあの狼達だ。母さんをここまでつれて来て、助けようとした父さんも殺したんだ。

「嫌だよ、父さん、母さん、俺をひとりぼっちにしないでよ。 」

たった一夜で、奪われるように、突然両親を亡くした優作は絶望の底に落ち、その場で父の腕と母の襟巻きを抱きしめながら膝から崩れた。

優作の瞳はもっとも最悪な現実を見えなくするために涙をながし、死んでしまった父と母に生前のようにすがるような声をあげた。

優作が絶望の底にいるなか。

後ろから、ぐちゃぐちゃと気味の悪い音が聞こえた。

おもむろに、後ろを振り向くと黒い大きな狼が口を動かしながら立っていた。

いつの間にか、二頭の狼達の死闘が終わり黒い大きな狼が無傷で勝利したようだ。

ぐちゃぐちゃと聞こえた音は、倒した狼の肉を咀嚼していた音だった。

「狼って、人間みたいに良く味わい良く噛むんだ。」

場違いにも、ただ単純に目の光景についての感想を口に出してしまった。

生きる気力を失った優作には死への恐怖が生まれなかったのだろう。

ごくり、ニタァ

狼は肉を飲み込むと、自分を見て逃げない優作に残虐な笑顔を向けた。

まわりに人がいないが、客観的にみると血まみれの大きな狼に怯え腰が抜けて動けない子供にしか見えなかった。

そして、怖じ気付いて動けない獲物に対して血まみれの口を大きく開けて食べようと、優作の頭上におりてくる。

「ああ、俺、食べられるんだ。」

目の前の狼が生きる気力の失った自分を両親の元へ連れていく死神に見えた。

優作は静かに目を閉じ、迫る死を受け入れた。

頭上に生ぬるく腐った生肉の匂いのする風がやってくる。


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