暖かった囲炉裏
今回初投稿であり、投稿するという意味では処女作となります。
誤字、文章の稚拙など感じたら、温かい目でみてください。
明治41年。福井県の山間部の農村 今立村。
山間の僻地にそって集う村は、冬になると雪で閉ざされる。村人は各々自宅にこもり、じっと冬が終わるまで堪え続ける。
寒い灰色の雲が空を覆う中、村外れの神社の境内を一人で雪掻きをする赤茶色の髪が特徴の少年がいた。
火野 優作 、今年で12歳となった火野宮神社の一人息子である。
「今日もよく積もったなー」
今立村の雪は深い、薄暗い日でも気温がマイナス0℃になる事があたり前な土地だ。
優作は両親が起きて仕事をする前に、自分の身長の半分もある降り積もった雪を片付けてしまおうとした。
「あっ、思ってたより雪がひどいけど、昨日より空気が暖かいかも」
「こら、優作!」
「母さん、おはよう!」
「おはよう、優作って違う!」
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃない!。また、そんな薄着して」
雪かきしている優作の後ろで怒りながら挨拶をする女性がやってくる。
彼女の名前は火野鈴。
鈴が朝一番、優作を叱った理由は優作の服装だった。
「これくらいの寒さ雪掻きで暑くなるし、今はじめたばかりだから大丈夫だよ。」
俺の服装は、薄い綿入れに菅笠を被り、藁で作った藁沓をはいただけの防寒装備だった。
俺にとってはとても動きやすい服装なので雪かきする前からこの格好が好きだ。
だが、いくら雪国育ちでも、優作の服装はかなり軽装で冬の山村では非常識な格好である。
「母さんも俺の体温が生まれつき高いこと知っているじゃん。」
「それはわかっているけど...」
自分は常人に比べて体温が高い。村の子どもたちは寒い季節になると遊びの途中でも俺に飛び付き暖をとりたがる。
その体質のおかげで雪がふる中でも軽装でいられる。
「たしかに優作の体が暖かいことはわかるのよ。」
「でもね、だからこそ油断しちゃダメ。服についた雪があなたの体温で余計しみて、寒くなりやすくなってしまうの。」
鈴もその体質については理解している。
だが冬の寒空の下、大切な息子が平気な顔をして薄着をする姿に心配でたまらなかった。
「ほら、せめて雪避けに簑を羽織って。」
「はーい。」
「あとこれも。」
「あっ、ちょっと、襟巻きはいいよ!」
「いいから、首は大事な所なのよ。しっかり暖めないと。」
鈴は外に吊るしてある簑を優作に被せ、自身の首に巻いていた赤い襟巻きを優作の首に丁寧に巻いた。
優作は母の気持ちを察したため、不本意ながらしぶしぶ襟巻きを巻かれた。
「おっおはよう、朝からご苦労様。」
「父さん、おはよう。」
母に襟巻きを巻きつけられ汗をかきながら雪かきしていると、寝巻き姿の父が家からでて来た。
「優作が朝から頑張ってくれたおかげで、境内がきれいになった。こりゃ大口様も喜んでいるぞ。」
大笑いをする優作の父の名前は火野次郎。火野神社の神主である。
「ちょっと父さん、もうすぐお勤めの時間でしょ。早く正装になったら。」
今日は年末、田舎の無名神社とはいえ村の住民が明日初詣にくる。
火野神社では年末の昼から次の年始の朝をむかえるまで神様の御神体を奉る本殿で祝詞を捧げる。
「おおっと、すまない!じゃあ父さんは着替えたら上のご本尊に挨拶にいってくるからな」
父はのんびりと自宅へ入っていった。
しばらくすると、神主の祭祀用正装を風呂敷で包み自分より厚めの防寒着姿で戻って来た。
「じゃあ、いってくる。留守の間正月の準備を頼むぞ」
「はーい 」
じゃあいってくる。
境内の裏には山の中腹の本殿までの階段がある、深い雪で埋もれた階段を一つ一つ確実に踏みしめなければならない。だから午前中に向かわないと昼までに本殿につかない。
優作は本殿へ向かう父を見送り、境内の雪かきを続けた。境内は優作の手ですっかり雪がなくなった。日はすでに高く登っていた。
「吹雪がきたね。」
昼に雪かきを終えた優作は、母と共に正月に村人に配るお札とお守りを作っていた。
小さな木片をお札で包み、それを母が丁寧に織った布地でお守り袋につめるという単純作業である。
「そうね、明日は今日より雪が積もりそうね。」
「えー残念、今日はまだ温かったのに。」
優作はがっかりした。雪国では1日のはじまりは雪かきからはじまる。1日でも放っておくと、どんどん雪がつもり、しまいには屋根が雪の重さで落ちてしまう。更に付け足すと雪かきはとても重労働で、雪国の人間は皆、少しでも昨日の雪より今日の雪は少なくなってほしいと願うことが当たり前だ。
「仕方ない、また早起きして雪かきしよう。」
「優作、今日は母さん、家の大掃除が終わったから、明日は手伝うわ。」
「ありがとう母さん。」
家の中は母子の穏やかな笑い声が響いた。だがその笑いはガタガタと壁を風が揺らす音で消えてしまった。
外は吹雪だ。囲炉裏を囲み火にあたりながらも家の薄い戸口や壁は雪が入り込むのは防げても、室内は外と変わらないくらい寒い。
体温の高い優作は褞袍などの室内の防寒着は必要なく、囲炉裏で燃える火にあたっているだけで十分。
だが母は違う、お気に入りの赤い襟巻きと厚い褞袍で身を包まなければたちまち冷えてしまう。それに母は時々作業の手を止め、かじかんだ手を火にかざしていた。
母のその様子に、優作は辛くなり土間に降りた。
土間には火をおこすための薪が雪で湿らないよう積んであり、優作はそれをいくつか取り出し囲炉裏にくべた。
「母さん、寒くない?」
「ふふ、優作が薪を足してくれたおかげで寒くないわ。」
ゴオーンゴオーン、家の壁が突然強く揺れた。急に外の風が強くふきつけたからだ。
優作の脳裏に新年の祝詞を捧げるため、今晩一人で本殿に泊まっている父の姿が浮かび上がった。
「父さん……、大丈夫かな。」
「お父さんは心配しなくても大丈夫よ。」
母は父の安全を心配する優しい息子に勇気づけた。
「それより、優作。もうお守りとお札は十分できたから、明日も早いし先に寝てて。」
「そうだね、今日は雪かきで疲れたから、早く寝るよ。ふぁー」
「おやすみ優作。」
「おやすみ母さん。」
優作はあくびをしながら返事をすると、囲炉裏のある床の間の隣室にある自室に入った。
この時優作は、家族揃って囲炉裏を囲める日がまたやってくると当たり前と思っていた。
ガギャーン
優作は突然の轟音と強い揺れに布団から飛び起きた。
「なんだ、なんだ地震か!」
だが地震はこんな大きい音はしない、揺れだってもっと長くやってくる。寝起きで頭の中がごちゃごちゃ混乱するなか、隣室から悲鳴が聞こえた。
母さんが危ない!
急いで板戸を横に引くがびくともしない。
「何で、早く早く向かわないと。」
「くそ、母さん、母さん聞こえる!返事をして!」
「来ちゃダメ!その部屋から出ちゃダメ!」
グオオオン、ガッシャーン
母さんの俺をかばう声と共に、物が倒れる音、壊れる音。
そして、低く濁った野獣の吠え声が鼓膜に響いた。
「まさか、穴もたづ。」
穴もたづとは、体が大きすぎて冬ごもりの為の巣穴に入られず、
冬眠することができなかった熊のことを言う。
冬眠することができなかった熊は非常に狂暴であり飢餓状態で食べれるものは何でも襲う。
なんにせよ、母さんが危ない。こうなったら。
優作は一瞬青ざめた表情となりつつも。冷静な判断ができない思考まま板戸に向かって体当たりをはじめた。
次第に隣室から、野獣のうなり声と物が壊れるしかせず母の声が全く聞こえなくなった。
あせる気持ちのまま、何度か体当たりをするうちに、板戸にヒビがはいりはじめた。
「せーの!」 バキン
やっと板戸がこわれた。
「っやった。うぉ」
安堵したのもつかの間。突如、優作の顔に何か強い衝撃を受けた。