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魔王適正なし男、アデル・ェル・ゲェナ

 あの後、血狼族の女王ことアイリスは、とりあえず自分たちの種族が暮らす場所へ連れて行く、そう言うと踵を返して駆ける。

 森を通り平原をぬけ、辿り着いたのは岸壁に空いた洞窟だった。


「ここがアイリスたちの暮らす場所なのか? なんか、生活感がないんだけど……」

「そうじゃ。と、言ってもここに居るのは儂だけじゃ。他の血狼達は平原とかで寝ておるよ。そっちの方があやつらにとっても都合が良いからな」

「じゃあアイリスはなんでここで暮らしてるの?」

「それは、ほれ、上を見てみいよ。あの実のなった木があるじゃろ? あの実がなぁ、格別に美味いんじゃよ。魔人化ができるようになってからは草がまずくてたまらぬのよ」

「あはは、そうなんだ」


 アイリスは俺を降ろして人型へと変化し、奥へと進んでいく。

 進むにつれて細く、狭くなっていく道を歩いていると、自分が周りの物より大きくなったような、そう錯覚させられる。

 ひときわ狭い入り口をくぐると、そこには薄暗い大きな空間が広がっていた。


「ついたぞ。ここが儂の生活スペースじゃ。岩石の層をくりぬいて作っておるゆえ、外の景色を見ることは叶わぬが、それ以外は完璧じゃ。とりあえず、ここでひと休憩と、作戦会議じゃ」


 そういうとアイリスはパチンと指を鳴らすと、部屋のあちこちに掛けられた松明のようなものに光が灯る。

 しかし、よく見てみると火が灯っているわけではないのが分かった。

 石が発光しているように見える。


「あれは、なんというかスキルとは違ったものでの。というかそち、スキルとかそれ以前にこの世界についてあんまり知らないんじゃよな。後ほど教えてくれようぞ」

「本当になにから何までありがとうございます」

「何、遠慮せずともよいのじゃ。ほれ、そこに座っておれ。茶でも沸かしてくる」


 アイリスはひらひらと手を振ると、奥の通路のほうへと消えていった。

 彼女のいなくなった空間を、改めて見回してみる。

 まず感じるのは、洞窟を進んできたというのに寒くないというところだ。

 これまでに何度も命の危機に瀕していたせいで気にする余裕はなかったが、今になって思ってみるとそとはとても寒かったと思う。

 それなのに、ここは全く寒くもなく、それ以上に暖かいような気がする。

 この世界に来て何度となく思たことだが、原理が本当にわからない。


「お待たせなのじゃ。ほれ、乾燥させた花のお茶じゃ。飲むと落ち着くぞ」

「それじゃ、いただきます……ふぅ、あったまるぅ……」

「そうじゃろうそうじゃろう。ちゃんと作っておいたかいがあったわい。どれ、儂も一口……ふうぅ、あったまるのぉ……」


 背の低い石のテーブルにカップを置くと、ふたりしてフニャンと絨毯の上に倒れこむ。

 そしてこの絨毯が曲者であった。

 柔らかいうえに暖かいため、強制的に眠りの世界へと誘う。


「はっ、いかんいかん。こんなことをしている暇はなかったのじゃ! まずはアデルよ。そちがこの世界について知っていることを話し、て、みよと思ったが、その顔を見るに、本当になにも知らないようじゃな。転生してくる前に何も説明されなかったのか?」

「ナァスタト様は、女神様は一通り教えてくださいました。この世界が今、大きな二つの種族に分かれて争っていること。スキルがあること。ざっくりいうとこんな感じだけど、あってるよね?」

「うむ、まあ、ほんとにざっくりといしたものであるが、その女神様とやらの歴史はいささか古いようじゃな……その通り、この世界、ジオアゥクンデは先も話したと思うが、人族と魔族の間で今も争いが続いている。いや、ていた、じゃ。表面上では休戦を結び、対立はなくなったように装っている。しかしいまだに人族たちの大多数は儂らのことを忌み嫌っているのは明白。それはしょうがないのじゃが、まあ、そちが本当の意味で対立をなくす、というのなら別じゃがな」


 次に。


「スキルのことじゃ。スキルはな、この世界にあふれる生命力(マァナ)というものを使って行使される。マァナというものは簡単に言ってしまえば、生物が生きている時に作られる熱、あるいはそれ自身から発せられる、いわば魂の力そのものじゃ。それを魔族は魔力といい、人族は聖なる力という。それを使うと、例えば、儂がおぬしを乗せて走っていた時、突然加速したことがあったじゃろ? あれがスキルのというものじゃ。あれは超過加速(リコイ・ブレイ)といって、己の熱を使って加速する、そんな感じのスキルじゃて」


 そして。


「そちのマァナについてじゃが、はっきり言って最強。何人にも侵されることのない絶対的な力じゃ。しかし、なぜだか知らんが、その力は意識の奥の奥、そちですらたどり着くことのできない場所に封印されておる。つまり、そちは、スキルはおろか、マァナを扱うことさえできない。はっきり言って、そちは一般的な人族よりはるかに劣ってしまうのじゃ」


 それに。


「そちを犯してたあの呪術刻印の影響でな、本来のポテンシャルはまだ戻っておらぬのじゃ。もしかしたら、もうこのまま、一生戻ることはない、かもしれん」


 そう告げると、アイリスは顔をうつむける。

 俺のことについて話してくれているだけなのに、彼女はつらそうにしていた。

 それを見ていて、とてもいたたまれない気持ちになる。


「アイリス、大丈夫だよ! もう俺は元魔王なんだし、そんな力は逆に邪魔だから……そんなに心配してもらってうれしいけど、俺は全然気にしてないから、ね? 顔を上げてよ」

「そちのそういうところ、本当にゲェナに似ておるよ。まったく……」


 そう言ったアイリスの顔は、幾分か晴れやかになっていた。

 俺は今が話時だと思い、これからについて彼女に話しかける。


「まずは、人に会ってみたいんだ」

「まず人に会う。うむ、人に会うか、は? 人族に会うじゃてぇ!?」


 アイリスは素っ頓狂な声を出すと、驚いた拍子にカップを落とした。

 幸いなことに、中身のお茶は絨毯にはかかっておらず一安心である。

 お茶入れ直しながらちょっと考えてくるわい、彼女はそういうとカップを右手に持ち、ふらふらとさっきの通路へと向かっていくのであった。

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