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銀髪少女と死んだ魔王様

 どうしてだろうか。

 そこにいるのはただの小さな女の子。

 銀髪の髪に彩られた、どこにでもいるような普通の少女だ。

 それなのにも目を離すことができない。


「なんじゃ、そち、目は覚めたのか。よかった、安心したぞ」


 彼女は安堵した表情でそう口にする。

 しかし俺には、その表情、言葉使いが、人間とは異なった何かを感じずにはいられなかった。


 今俺の目の前に立っているのは、齢十歳ほどの華奢な少女である。

 銀色の長髪で飾られたその顔立ちには、幼さの中に、どこか大人びているものを感じさせた。

 その雰囲気に気を取られ、彼女の問いに、答えになっているようないないような言葉を返す。


「いったい君は……」

「……おぬし、しばらく顔を見せないうちに儂のことを忘れおったのか? まったく、しょうがないのぉ。儂の名前はアイリス。血狼族の女王、アイリスじゃよ。して――」


 俺の答えに対して怪訝な表情を返してくる。

 その少女、アイリスは目を細め、こちらをじっと見据えた。


「おぬしはだれじゃ? 儂の知ってる魔王様ではなかろうて」


 アイリスの再びの問いに、俺はどうこたえるべきか悩む。

 正直に言うべきなのだろうが、そう答えた場合、もしかしたらリィリスの時みたいにされてしまうかもしれない。

 それでも、現状何を頼ることもできない俺は、真実を伝えることに賭けた。


「俺は魔王でも何でもないんだ。ただ、この世界の魔王に転生した、アデルという平民の男です。だから、この世界のことも、君のことも、何もわからないんだ……」

「ふむぅ……」


 そうするとアイリスは、立ちたまえといい、俺をその場に立たせた。

 ベッドの代わりとなっていた黒色の大狼は、そろそろと移動していく。

 すると、周りをくるくると回りながら俺の身体を隅々まで観察する。

 一通り見終えた彼女は、不服そうだが納得したような顔でこちらを見た。


「おぬしの言ってることは正しいようじゃの。お前の身体からは魔王様の匂いも、魔力(ちから)も感じられん。では、元の魔王様はどうしたのじゃ? あの時感じたのは紛れもなく、魔王様の魔力だったのじゃが……」

「魔王様は、たぶんお亡くなりになったんだと思います。俺が知っているのは、この体の前の持ち主がゲェナ・ェル・サタァーンである、ということだけです」

「っ! そうか、そうだったのか……死から一番遠い存在だったあやつが、よもや儂の知らんところで死んでいたとはなぁ。死ぬときは一緒だって、そういってくれたのはお前さんじゃろうて……」


 アイリスは一瞬息をのみ、少し笑ったかと思ったら目じりに大粒の涙を湛えている。

 その顔にはいろいろな感情が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになっていた。

 泣きたいのに、泣くことを堪えている、そんな感じである。

 こういう状況で俺は何をすればよいのだろうか、何ができるのだろうか。


「なんじゃおぬし、何をしておる!?」

「だって君が、こうしてほしそうな顔をしていたから……いやだったかな?」


 俺は咄嗟にアイリスを抱き寄せる。

 あんな表情を見ていたらいてもたってもいられなくなったのだ。

 なぜなら俺が死んだ時に見せた、家族(たいせつなひと)の顔に、余りにもそっくりだったから。

 すると、彼女は拒むような仕草を見せたが、最後には身体を委ねてきた。


「……すこしこのままでいてくれ。落ち着くまでは、そちに顔を見られたくないっ! うぅっ……」


 ぐすっ、という鼻をすする音がやんで、アイリスは俺から身体を離す。

 顔を着ているもので拭い涙を拭いたようだが、その泣きはらした瞳からは、彼女の死んだ魔王へのただならぬ思いが感じ取れた。


「おぬしには言っていなかったがな、アイリスという名はの、百年前にゲェナからもらったものなのじゃ。ひっそり森の奥で死にゆこうと思ったときにあやつがつけてくれたんじゃ。『お前は種の中でも一番特異で美しい。ゆえに、アイリスそんな名なんてどうだ』とな」


 アイリスの口から語られたのは死んだ魔王とのいきさつであった。

 魔王から名をもらい、それに見合うようにと努力をした結果、人の身体に変化するすべを会得したこと。

 それからは彼のために何かできないかと思い、血狼族の頂点にまで上りつめたこと。

 聞いていると分かってきたのは、少女がどれだけ魔王(ゲェナ)のことを思っていたか、だった。


 そんな彼女にとって、俺はどう見えているのだろうか。

 魔王の身体にいる魔王ではない俺の意識。

 そう思っていると、アイリスはゆっくりと言葉を紡いだ。


「おぬし、名はアデルといったな」

「は、はい、そうです」

「であるならば、アデルよ。おぬしをわが主として認めよう。儂はな、最初からおぬしがゲェナではないことなど見抜けておったよ。しかしな、おぬしが嘘をつき、自らを偽ろうとしたならば、魔王様の身体なれど、切り刻もうかと思っていたのじゃ。しかし、おぬしは偽らず、正直に答えた。そういう誠実なところは、あやつによく似ておる。それに、すこし、ゲェナに似た匂いもして心地よかったじゃからな」


 アイリスはすこし恥ずかしそうにそう締めくくる。

 俺にとっては少し意外だった。

 問答無用で殺されるかもしれない、そう思っていたからだ。

 この世界にも、俺の味方になってくれる人は多少なりともいるみたいだ、そう思い安心する。

 すると、緊張が解かれたようで、身体に痛みが走る。


「そち、どうしたのじゃ?! まさか、まだ呪術が効いておるのか!?」


 平衡感覚を失い、ふらりと後ろ向きに倒れこむ。

 その直後、ふわさぁ、という柔らかい毛に包まれる。

 意識が途切れる前に見た、真っ白な狼の姿であった。


「なんじゃ。呪術は解けているではないか。するとそち、なして倒れたのじゃ?」

「そうですね、なんというか、傷が痛んで……」

「あぁ、そうか。そち、気づく前はひどい状態だったからの。まだ治っていないからの。あと、そち。こんどから儂と話す際はふつうに話しておくれ。なんといか、そちにそういう言い方されると、身体がむずがゆいのじゃ」


 そういうと狼形態のアイリスは、ぶるりと体を震わせる。


「わかった、アイリス。そういえば、治療をしてくれたのも君なのか?」

「ああそうじゃ。湖畔で寝転んでいたら仲間から知らせが来てな。なんか変な魔族が転がってるぞ、とな。この森に普通の魔族がいることはないゆえ、気になって来てみたら呪印に侵され、体中が傷ついたそちがおったのよ。ゲェナがどうして、とここまで運んできて、いまに至るのじゃ」


 簡単に、アイリスは今に至る経緯を教えてくれた。

 そして、彼女は続けて質問を投げかけてくる。


「あの呪術、只者にはできるものではない。いったい誰にやられたのじゃ?」

「第七席、リィリスという女にやられたんだ」

「第七席じゃと? あやつら、魔王様がいなくなったと分かって反旗を翻したな……」


 そうアイリスはつぶやくと、全身の毛を逆立てる。

 状況を呑み込めない俺は、彼女に何という言葉もかけることができなかった。

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