転生早々裏切られる魔王様
ゆっくりと意識が覚醒してゆく。
光に飲み込まれてからどれほど時間が経っただろうか。
流れているのかいないのか分からない時間を、意識体のままでただ過ごしてゆく。
自分から言い出したことだが、今更になって尻込みしてしまう。
肉体が若い頃に戻ったせいか、精神もつられて若い頃の意気地無しに戻ってしまったのだろうか。
まあ、いくら考えても詮無いことなのだが。
――……聞こえていますか? おーい。きこえてますかー!?
突如大きな声が響いてくる。
その声は、さっきの女神様の声に違いなかった。
……あの、耳が痛いです。
――良かった、意識は覚醒してたみたいね。目覚めたのなら伝えてくれれば良かったのに。
この状態でも情報を伝える手段があったのか。
転生する前に聞いておけば良かった。
しかし、聞いていなかったとは言え、伝えなかっなのはこちらである。
だから。
……そこは、申し訳ないとおもっている。
――まあ、いいのよ。それよりも、器にはもう移してあるから、あとはあなたのが目覚めようとすれば意識体ではなく実体として目覚めることができるわよ。
……色々とありがとうございます。
――素直に感謝やお詫びを言えるのはいいことです。やっぱり、あなたを選んでよかったわ。、
実感が全くわかないが、今俺は、もう魔王とやらの身体に入っているらしい。
でもどうしてだろうか、目を開けようとしても、手足を動かそうとしても、動くことができない。
……目覚めるってどうすれば良いんでしょうか?
――うーん、そうねぇ……ハッ、とか言ってみたらどう?
……そこは具体的な方法は無いんですか?
――ん、ないわね! 目覚めるかどうから本人次第だし。
なかなかどうして投げやりなやり方だ。
転生時の神様然とした姿とは打って変わっていい加減で、ほんとんに同一神物であるか疑いたくなる。
それとも、神様と言っても人間くさいところがあるのだろうか。
……女神様って、すこし人間くさいところがありますね。
――そうかしら? それより、理屈をこねる前にやってみろ、試してみたら?
気に障ってしまったのか、そっけなく返してきた。
習うより慣れよ、その心で実行してみることにする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ハッ!」
「魔王様! お気づきになられたのですね! アイシャ、皆様に、魔王様がお目覚めになられたとお伝えしに行きなさい」
「畏まりました」
右側から聞き覚えのない女性の声がする。
だれかに向かって、何かを告げているようだ。
ゆっくりと体を起こし、まず右側を見る。
そこには女性が、涙を浮かべながら椅子に腰かけていた。
彼女を一瞥し、ぐるりとまわりを見渡すと、見慣れない場所にいることに気づく。
ついに、魔王として、この世界に転生したわけだ。
あの女神様の言ってることは本当のようだった。
「なにぃ!? 魔王が目を覚ましただとぉ!?」
尊敬を一切感じさせない言葉を発しながら、扉を蹴破るが如き勢いで一人の男性が部屋に入ってきた。
それを皮切りにして、次々と七人の男女が部屋に入ってくる。
最初からいた女性とさっきの男性もその七人の中に混じり、いっせいに俺のいるベッドを囲うように傅いた。
「第一席、ルシフェル・ダウトォ」
「第二席、エルキエラ・ベルゼブ」
「第三席、アスタロッテ・アスタリス」
「第四席、アスモディエス・レグラン」
「第五席、バェル・ギィヴェス」
「第六席、ベルヒェゴゥル・エンデ」
「第七席、リィリス・リコリー」
「第八席、アドラァメレクー・ディステ」
「第九席、ガスロ・ネヘェモス」
「我ら一同、魔王様のお帰り、長らくお待ちしておりました」
全員の名乗りの後に、第七席の女性が総括をする。
横にいた時とは雰囲気が違っていたが、さっき横にいた女性はその第七席だろう。
正直、女神様から何も説明されていないから、ここで名乗ってもらえたのはありがたい。
しかし、魔王というものがどのような態度をとればよいのだろうか。
とりあえず、村で皆をまとめていた時のようにすることにする。
「あぁ、ありがとう。君たちも楽にしてくれ」
村でそうしていた通りに言葉を発する。
すると、傅いていた者たちが一斉にこちらを見上げた。
皆の表情は、一様に拍子抜けしたものだった。
そんなものは気にも留めずに、続けてくれ、と促す。
「……? して、魔王様。御快復の折に早急で申し訳ありませんが、これからの立ち回り方についての御相談をいたしたく存じます」
最初に言葉を発したのは第四席、アスモディエスだった。
魔王として、具体的に何をやればいいか、それがわからないため、曖昧に返すことにする。
「そのままにしていなさい」
「そのまま、というのは、どういう意味――」
俺はたちあがり、アスモディエスのもとに歩いていく。
アスモディエスは俺が立った瞬間に委縮し、言葉を詰まらせた。
とりあえず、ゆっくりと近づいていく。
「申し訳ありません! 出過ぎた発言でした! だから、だからアレだけはっ!」
「何を勘違いしているんだい? そのまま話しなさい」
「いっ、いえ、何でもありません!」
アスモディエスはそういうと再び傅いた。
それを見ていた周りの席たちは、あるものは驚き、あるものはブツブツと何か唱えている。
とりあえず俺は現状を知るため、自分の置かれてる状況を話すことにした。
「すまない、俺はいま記憶を失っていてどういう状況かわからないんだ。誰か、説明してもらえないだろうか」
簡単に説明して、助力を求めることにする。
しかし、何故か誰も何もしゃべらない。
むしろ、記憶を失ってる、といったあたりから静まり返っていた。
「魔王様ぁ、いや、魔王。記憶を失っていらっしゃったのですかぁ。へぇ……」
静寂を切り裂いたのは、最初にべッドの横に座っていた、第七席、リィリスだった。
彼女はそういうとおもむろに立ち、こちらにゆらりとあるって来る。
そして、刹那。
目に見えぬ速度で、俺に肉薄した。
「では、私のために、死んでください!」
その言葉と共に腹部に痛みが走る。
そして次の瞬間、胸部に彼女の手が添えられた。
「さよならです。元魔王様。」
とたん、強い力で突き飛ばされた。
そして、壁を突き破り、気づいたら宙を舞っていた。
転生初日、魔王の俺は臣下の魔族に魔王の座を追われることとなった。