01話 現実?それとも異世界転生?
人生って何気ない人と人の出会いで変わって行くのだと思います。
気が付くと見知らぬ天井がそこにあった。
金縛りにあったかのように頭はしっかり働いているのに体が重くて動かすことができない。
首だけはなんとか動かせそうなので辺りを見回す。
すると、白のワンピースを着た女の子がこちらを覗き込んでいるのが見える。
知らない天井、かわいい女の子、新品みたいに不自然なほどしわやシミがない真っ白な服。
そして、ここに来る前の曖昧な記憶…
そして悟った。
俺は死んだのか。
「女神様」
ここは定番の異世界転生だろうか?
いや、女神様がいるということは、女神様にチート能力を貰う場面だろう。
とういことはここは天国か?
「わかっています。私は手違いで死んでしまったのですね? でも、今世に未練はないので恨んでなどいません。こうして転生する機会をいただいたのですから」
女神様はびっくりしている。
俺はできる人間だ。仕事でも状況を把握して先輩や上司に言われる前に行動する。
こんなシチュエーションはラノベで何回も見てきたのだから当たり前の行動だ。
すると、次はこれだろう。
「しかし、手違いとはいえ死んでしまったのは事実。ですので、少しわがままを言ってもよろしいですか?」
転生の定番はやはり手違いでによる死だ。
子供を助けて死んだが、本当はその子供は助けなくても生きていたとかそんなんだろう。
女神様が困った顔をしている。
女神様が本当は説明する場面で、自分からお願いするのは失礼になるかな?
それとも、わがまま聞いてくれないのだろうか?
どうしても先読みして「私わかってますから!」アピールをしたくなる。
これは俺の悪い癖だな。
「いえ、贅沢なことは言いません。転生先を今より少し裕福なところで、生活に不自由なく過ごすことができれば十分ですから」
先に弁解を言ってしまった…来世はこの癖直そう。
しかし、本当に俺はこれで十分なのだ。
別に金髪碧眼のイケメンでなくても、大金持ちの領主の屋敷でなくても、チート能力がなくても一定以上の条件であれば幸せを掴む能力は自分にはあると思っている。
ここでやっと女神様の声を聞くことができた。
「死んでませんよ?」
しまったー!
先走ってしまったー!
声かわいいー!
ここは死の狭間を彷徨って現世に帰るパターンだ!
なんとか名誉挽回しようと必死に取り繕う。
「あーですよね? ということは、ほら、試練か何かクリアすれば大丈夫ってことですか?」
だめだ…挽回できない…
もう、疑問形になっちゃったよ!
でも、同じミスを繰り返すわけにもいかないから聞くしかないんだよなー
「えっと…ここに来る前のこと覚えてますか?」
「いいえ、覚えていません」
女神様の質問に素早く答える。
例え答えが分からないことでも返事を早くすることはとても大切なのだ。
どうやら人は会話の内容や理解の深さより返事の早さでカリスマ性を感じるらしい。
もちろん知識は多いにこしたことはないので勉強も大切だ。
「そうですか…」
女神様は逡巡するように次の言葉を探している。
相当酷い死に方だったのだろうか…
あ、死んでないんだっけ。
「駅の階段で階段を踏み外して救急車で運ばれてこの病院に来たんですけど…」
「……」
あっれー?
おかしいな?
いや、むしろこれが普通か。
そう、ここは天国ではなく現実世界なのだ。
正確に言えば病院のベッドの上だ。
そして、ここにいる女の子も女神様ではなく普通の女の子ということになる。
「その時近くにいたのが私で、救急車呼んでそのまま病院まで来たんです」
なるほど…全てを理解した。
この子めっちゃいい子だ!
見ず知らずの怪我した俺に、救急車を呼ぶだけでなく、付き添いまでしてくれるなんて!
そんな彼女に対し俺は女神様と呼んで異世界がどうのって話したわけね…
…死にたい。そして人生は終わらせたくないので転生したい。
「お怪我の具合は大丈夫ですか?」
頭を抱えてたら心配された。
「頭大丈夫ですか?」って聞かれたら別の意味になっちゃうところだったよ…
体は少しなら動かせそうなので上半身を起こし異常がないか確認をする。
「ええ、少し体が重いですが特に問題なさそうです」
後に医者に聞いた話だと体の怪我よりも過労と睡眠不足の方が問題だったらしい。
「無理なさらないで下さいね?」
女の子は微笑みながらそう言ってくれた。
マジ天使。
「はい。見ず知らずの私に付き添って頂き、本当にありがとうございました。このお礼は必ずします」
「いえ、お礼なんて…当然の事をしただけですから」
予想してたがどうする…
もちろん純粋に申し訳ない気持ちとお礼がしたい気持ちもあるが、それだけはない。
だからこそ、これ以上しつこくも言えないのであるが…
「普通、ここまでできませんよ。食事…いや、菓子折りだけでも後日持っていかせてください」
「そうですよね…では、私の連絡先教えますね」
連絡先ゲット!
ちょろいぜ。このこちょろい子なのか?
いや、純粋にいい子なんだろう…
きっと断るのも失礼だと判断した結果だと思う。
邪な気持ちがあるだけにちょっと罪悪感もあるが、ここは引くわけにはいかない。
「LIMEやってますか?」
「やってます。では、私から送りますね」
慣れた手つきで携帯を弄る彼女。
すると、スタンプ付きで挨拶文が直ぐに送られてきた。
苗字は無いが、名前が書いてあって「花心」ちゃんと言うらしい。
…名前呼びハードル高いなー
「『はなごころ』ちゃんでいいのかな?」
「あ、これで『かしん』って読むんです」
「いい名前だね。スタンプも凄く可愛いし…てか花心ちゃんに凄く似てるね」
「…ありがとうございます」
「じゃあ、僕も送りますね」
ん? 少し気まずそうにしてるのは何故だろう?
顔を赤くして少し俯いてる。
俺は名前だけ送る勇気も呼ばれる勇気も無いのでフルネームを送る。
そこで、スタンプどうしようか迷う。普段使っているスタンプは無料のやつなので味気ない。
花心ちゃんが送ってくれたスタンプをタップすると…
おう…自分の名前のスタンプ送ってたのかこの子…最近自分の苗字のスタンプ流行ってるらしいしこんなのもあるのかな?
とりあえず購入してスタンプを送ってみた。
「『花木 苗』さんですね。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「あと…スタンプ購入して頂きありがとうございます。」
「どう致しまして?」
何故かお礼を言われてしまった。
かわいい絵だったし、俺の仕事柄使う場面もあるだろう。
てか…携帯見て気づいてたけど時間やばくね?
とっくに出勤時間過ぎてるんだけど…
着信50件とか逆に掛け直す気無くなるわ!
「そういえば花心ちゃんは時間大丈夫なの?」
「私は職場に事情を話してるので大丈夫ですが…苗さんは大丈夫ですか?」
「…たぶん。」
「倒れたの多分ですけど通勤中でしたよね?職場に電話した方が…」
「…はい」
たぶんアウトだろう。
電話したくない…
てか、普通に名前呼びって…
照れるじゃないか!
さっきから妙に心理的にも実際の距離も近いんだけど!
うん。
謝ってる姿を見られたくないので遠回しに退出してもらおう。
「僕はもう大丈夫なので、これ以上は申し訳ないし、お仕事戻って下さい」
「そうですか? 経過も気になるので何かありましたらLIMEに連絡ください」
「分かりました。お礼の連絡するときに経過もお伝えします」
「では、長居も申し訳ないのでこれで失礼致します」
「本当にありがとうございました。」
失礼しました。と丁寧に挨拶して花心ちゃんは退室した。
…あの最後のドア閉める直前のこちらをもう一度みて「ぺこ」っていいよね!
思わず手を振っちゃったよ…
こうして、俺の運命を大きく変えることになる女の子とのファーストコンタクトが終了したのだった。
…会社に電話したらめっちゃ怒られた。
この後出勤したのは言うまでもない。
しばらく社畜生活が続きます(笑)