プロローグ 出会い
「おい、早くしろ」
そう、男は目を細めながら青年に口をとがらせる。男の容姿は三十五ぐらいの老け顔で無精ひげを生やし、座っているからわかりにくいが背丈は186cm以上あるようだ。身だしなみは上に羽織るシャツはしわくしゃだがそれ以外はとても清潔のようだ。
だが、その様子は机に肘を置いてほほをつきじんわりと汗をかきながら目線は部屋のあちこちを行ったり来たり。その様子はとても苛立っているようだ。と、カウンターを隔てて座る青年は推察する。その青年は打って変わってとても落ち着いていて容姿は19歳ぐらいとまだ若く、端正な顔立ちをしていて藍眼黒髪だが所々黒髪に色が抜け落ちたような白が混ざっている。服装は白衣に似たものを着ていて、眼鏡をかけていてはいるが度ははいってないようで左手に包帯を巻いていた。
「少し、待ってください。もうちょっとで終わりますから」
「十五分も待っているんだ。どうしてまだできない!」
「それはなんの連絡もなしにいきなり来るからです。それにまだ薬のストックはありますよね。どうしてそんなに焦る必要があるんですか」
「薬はもう飲みほしたからだ!」
「…」
一日一個だといったのに。青年は心の中でため息をつく。
これは別に怪しい取引とかでは無く、男が求めているのはただの鎮痛剤だ。だが男はどうやら中毒になりかかっているようだ。
仕方ない。青年はそう思い作業工程を変える。
少し細工をした後フラスコの淵に杖を置き、魔力を高ぶらせていく。フラスコの中にある化合物に赤黒い百足のような形をした流動性のナニカが映し出されめる。杖を黒く飲み込むと同時、中にあった赤黒い流動性のナニカが膨張し。
「形態変化・圧縮」
そういうとナニカが破裂すると、フラスコに入っていた化合物の水分が蒸発する。コロンとフラスコから錠剤が十個ほど現れる。それを紙袋に入れる
「はい。出来ましたよ」
「やっとか。いくらだ」
「11$5¢です」
そういうと無言で硬貨を出し、革袋を無造作にポケットに入れ席を立つ。
「お大事に」
青年は笑顔を浮かべながらいうが男はこちらを一瞥もせず冷たくガタンと扉を閉められる。
これが青年の日常だ。
☆
ここは先進都市ヒューメルンあらゆる分野の最先端技術が揃い、交通機関もかなり充実しており海陸空すべてに交通設備があり行けない場所は無いと謳う。確かにそれは伊達ではない。僕はその住宅街の一角に店を構える祓魔師なわけであり、駅にもブラックマーケットにも近い良い立地なわけなのだが…どうにも繁盛とはいいがたい経営状況で少し困っている。
「…今日ももう閉店かな」
時計を見ながらそう言った。まだ時計の長針は三時を指しているわけなのだが人が来ないなら仕方ない。腰から杖を抜き取り空中で軽く一振り。すると扉の向こう側に掛けてあった開店中と書かれた木札がカランと反転し閉店という文字に代わる。
それを確認すると頼りない階段を上り、白衣を脱ぎローブに着替える。銃器を仕込み部屋の隅に置いてあるトランクを持つ。階段を下ると少し古いのかギーギーと音を鳴らすがいつものことで、気にも留めず裏口に手を掛け開けると…いつもと違う非日常があった。
「…お腹すいた」
行き倒れがいた。
「すいません。すいません。すいません」
と、呪詛のように謝り続けながらご飯をがつがつ食べる目の前の行き倒れ。見た目は18歳ぐらい女の子で帽子を被っており服装は良い物のようだが全体的に薄く汚れている。手の甲を手袋で隠してるのをみるに祓魔師のようだ。容姿はかなり整ってしようかないるが髪がボサボサ所を見る限りそういうのは無頓着のようだ。
目の前の行き倒れが食べ終わったのを見計らって言葉を掛ける。
「えーと。僕はルイスっていうんだけど。君は?」
「アイリスって言います」
「ならアイリスはどうしてあんなところに倒れていたのかな?」
「あ、と…その沢山の人に酔ってしまって少し休憩しようかなと思って路地に入ったら迷ってしまってそのまま…」
「ああ…」
アイリスはそういうと顔を赤くして俯く。
確かにこの住宅街の路地は複雑怪奇だ。急激な人口増加に伴ってその人たち全員を受け入れようとした挙句に様々なところに建物が立ち並びあっという間に迷路と化してしまったわけであって。この辺に慣れて無い人ならば迷ってしまったって仕方ないんだが。
「それならこの辺に住んでないってこと?そしたら荷物はどうしたの」
「はい、そうなんです。ここら辺には住んでなくて。荷物は掏られてしまって…」
「それは…運が悪かったね」
思ったよりアイリスはやばい状態らしい。
「ところでルイスさんも祓魔師ですよね。もしかしてその恰好、探索に行くんですか?」
「うん、ちょっと輝鉱石をとってこようと思って」
「それ手伝わせてもらえませんか?」
急にそんなことを言われて少し戸惑う。戦えるのか?
「…別にいいけどどうしてかな」
「私、ご飯食べさせてもらったのでそのお礼を兼ねてと思って」
「それは別に気にしなくてい―――」
「それに私、お金なくて」
ああ…そうだった。
裏口から出てその複雑な路地を抜けていく。アイリスの恰好は見た限り武器はない。短剣を渡そうと思ったのだが必要ないと断られてしまった。本当に大丈夫なのだろうか。
と、思案してるうちに目的地につく。一見、どこにでもある単調な煉瓦質な家だが、祓魔師が見ると違う。煉瓦質の壁には普通の人だと気にも留めない細かい傷だが、これらは刻印文字であり全てが効力を持っている。その極々普通な扉の取っ手に手を掛けるが鍵がかかっている。当然だ。だけどそこに魔力を込めることで鍵が開く。中には怪しげに煌めく地下への階段があった。僕たちはそこを下っていく。歩いていくうちに段々と一筋の光が見えてきて気が付くと僕たちは地上に出ていた。
足元にはさっき下ってきた階段がある。周囲には荒廃とした建物が広がっているが自然の地盤の沈下、陥没によって所々の傾きや木々の浸食によって根や茎が複雑に絡まりつき綺麗な自然の一部となっていた。だが人間がいない世界は恐ろしいほど美しい。
「やっぱり何回経験しても慣れませんね。⦅魔女の住処⦆は」
薄暗い狭苦しい階段を抜けて精神的に疲れたのか腕を伸ばしながらアイリスはそう言った。その意見は僕も同意見だ。地下へと下っていたのにいつの間にかの地上に出るという普通では感じられな不可思議にどうしても違和感を感じてしまう。
「言わなくてもいいけどどんな神秘が使えるのか聞いてもかな?僕は探知系と次元干渉系、癒しの神秘が得意なんだけど」
祓魔師に自分の手札である神秘を聞くことはタブーなのだが一緒に探索するということから連携ができるように聞いてみるが多分駄目だろう。
「私は呪詛系と破壊の神秘が得意なんですが…そうですね探知はルイスさんに任していいですか。戦闘全般を私が担当しますから」
「えっ…まぁ僕はそれでもいいけど武器も無いのに戦えるの」
「はい。そこらへんは大丈夫ですから私に任してください」
「それならいいけど。じゃあそろそろ行こうか日が暮れる前に帰りたいし」
僕はそういうと杖を抜き取り、左手の甲に焼き付けられた刻印の効力を発動させる。左の手のひらから黝い炎が噴き出るとその炎から一冊の本が現れる。それをつかみ構え一言。
「自身の重力場の軽減」
すると空気が変わり自身を包む重さが軽くなる。
「じゃ僕が先行するから後をついてきてね」
トン、と軽く地面をつつくと同時、通常の人間じゃ出せない加速が身に包む。僕が求める輝鉱石がある洞窟へと真っすぐ向かっていく。木々を抜けていく中、チラッと後ろを見るとアイリスは余裕なようでとても女性とは見えない体使いをしていた。
すごいな身のこなしがまるで違う。そうルイスは関心していると、急に体にブレーキを掛けると。ズズズと少し地面と擦れるも止まると杖を出し警戒態勢に入る。そんな僕の様子を感じ取り、アイリスは音を抑えながら近づいて僕の隣で止まる。
「約200m先に獣人系のマモノがいる。相手は気づいてないから避けることもできるけど、どうする」
「私にやらせてください」
「そう…なら、お手並み拝見だ」
邪魔にならないように少し離れた丘の上に移動して、観察する。アイリスは左手に魔導書を召喚しマモノに向かって走り出す。とうてい人間ではできない速度をだして近づいていく。残り50mとなったところでマモノが気付く。
それは蜥蜴と人間が合体したような歪な姿、赤黒い表面色が心臓のように脈打ち、肉体は筋肉に囲まれていて人間なんかとは比べ物にならない巨体、4m弱ほどの身の毛もよだつその怪物はアイリスに気が付くと耳を劈くような声で吠えた。しかしアイリスはその怪物に臆せず突っ込む。そして彼女は5mとなったところで何かを唱える。するとその華奢な体に見合わない右手に巨大な剣が姿を現しそして、目にも止まらない速度でマモノを切り刻んだ。
一瞬で肉塊になったそれをみて僕は淡い驚愕を覚えた。なるほどこれが武器を持ってない理由か。僕は彼女に労いの言葉をかけてやろうと近づくと、違和感に気付いた。あんなえぐい殺し方をしたのに対し彼女には一切の血しぶきもかかっていないのだ。
それに気づいたときうすら寒い恐怖を感じた
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