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チョコレート×スパイス=ハツコイ?

作者: わいんだーずさかもと

バレンタインをテーマに、中学生の青春を描いてみました。

「そやからな、バレタインなんか大嫌いやねん!」


「だから、嫌いになるには理由があるはずです。それを聞きたいと言っている」


「う~ん、理由なぁ。なんか、バレンタインってだけで、儀式的にそない好きでもない人に渡したりするヤツおるやん。なんかそういうのが嫌い。そもそも、バレンタインなんか嫌いな男の方が多いんちゃうんか?知らんけど」


「出た!関西人の『知らんけど』。その無責任な発言なんとかなりませんか?言ったなら、その根拠を示すべきだ」


「あーもう!鬱陶しいな!」


目の前の男に苛立ちを隠せずにいる僕は吉竹歩霧、大阪の中学校に通う、中学2年生だ。


「鬱陶しがる理由がわからない。僕は当然のことを言っているだけだ。先ほどの説明では不十分です。嫌いな理由は?」


そう言ってメガネをクイっと持ちあげた目の前の男が、同級生の橘理人。


東京生まれの東京育ち。生粋の江戸っ子で、東京をこよなく愛しているやつだが、父親の仕事の都合で大阪へ来ることになり、2年の途中にこの中学へ転校してきた。


悪いやつではないのだが、とにかく理屈っぽい。


「だから、理由なんか・・・」


そう言おうとしたとき、激論が繰り広げられている自分の部屋のドアが開いた。


「お前ら、なに話してんの?部屋の外まで聞こえてきてて、歩霧のお母さん『あの子ら勉強せんとケンカしてんねやないか』って心配しとったで」


部屋に入ってきたこの男が平木総士、幼馴染だ。


幼稚園のころからずっと一緒で、幼稚園のころからずっと女性にモテつづけているイケメン。頭もよくて、何より優しい。


あまりにも完璧すぎるので、こいつの横にいると自分がとてもちっぽけに思えてくる。まあ、もう慣れたが。


「理由っていうてたな。理由の一つはな、こいつ。こいつがちっちゃい頃からチョコレートもらい続けてるの見てて、なんか嫌になった」


「やはり説明になってませんが、要はモテない男の僻みですね」


「もうそれでええわ。総士。勉強しててんけど、もうすぐバレンタインやなぁみたいな話してたら、なんかこんな話になってもーた」


今日は三人でテスト勉強をすることになっているのだが、今のところ、大きく脱線している。


「そうか。オレは好きやけどな。バレンタイン」


「お前は楽しいやろうな。おいメガネ!」


「りひとです」


「人のことばっかり言いやがって。おまえは?」


「僕は好き嫌いというより、理解に苦しむ」


「なにそれ?」


「いいですか、チョコレートなんてものは高カロリーで栄養価なんてほとんどない、いわば砂糖の化け物です。そんな体に悪い物を提供するんですよ、愛する人に。理解不能です。普通、愛してるならその人の体を思いやるはずだ。だったら、体に良いものを渡すべきだ。

前に流行りましたよね。確か、大豆で作ったお菓子のようなものが。100歩譲ってあれなら・・・」


「わかった!ストップ!!もうええ」


「まだ説明の途中ですよ」


「だいたいわかった。もうええ。そやけど、チョコレートってポリフェノールとか入ってるみたいやから、砂糖の化け物ってことはないと思うけどな」


「いえ!化け物です!大豆の方が体にいいです。とにかく、もし私にチョコレートをくれるという女性が現れたとしても、私はそんなもの受け取りません」


「はいはい。わかりました。なあ、総士」


「ん?」


「おまえ、何個もらえそうなん?」


「んー」


少し考え込む総士。


「去年と同じくらいかな。もらえそうな子はけっこうおる気がする」


「誰ですか!?まさか峰岸さん?」


理人が前のめりになる。峰岸夏葵は学年一の美人とされていた。


「いや、峰岸はないんちゃうかなぁ。そんな感じやないし。あ、藤田はくれそうかな」


藤田萌、美人というわけではないが、愛嬌があって、とにかく明るい子だった。


歩霧は1年の頃からずっと藤田萌と同じクラスだった。明るい彼女とはすぐに打ち解けることができ、1年の頃から仲がよかった。


「藤田なぁ。確かに、よーお前のこと聞かれるからな」


「藤田さんですか。峰岸さんでなくてよかった」


「みねぎしみねぎしうるさいな!おまえは!そんな好きなんか?」


「キレイな人に興味をもつのは自然なことです。そして、その人が特定の誰かのものになってほしくない。と願うのも自然なことです。歩霧は興味ないですか?」


「峰岸なぁ。なんか嫌いや」


「『なにか』とは?」


「なんかなぁ、性格悪そうやん」


「そう思う根拠は?」


「なんとなく、雰囲気かなぁ」


「歩霧、もう少し論理的に説明できませんか?あなたは本当に説明が下手だ。だいたい・・・」


理人が続きを言いかけたとき、総士が笑い出した。


「おまえら、ほんまそのやりとり好きやな。おもろいけど」


「好きでやっているわけではありません!歩霧が、あまりにもめちゃくちゃだからです!」


「いや、お前が理屈っぽすぎんねん!」


しばらく睨み合う二人だったが、少しすると、どちらからともなく笑い出していた。それを見た総士もまた笑う。


「歩霧とは、女性の好みが合わないようですね」


「そやな」


「では、歩霧の好みを教えてくださいよ。クラスでは誰が可愛いと思いますか」


歩霧と理人は同じクラス。総士は別のクラスだった。


「そやなぁ」


考えたとき、真っ先に藤田萌の顔が浮かんだ。


(え?藤田?)


自分でも意外だった。


「藤田かな」


「藤田さんですか!でも、彼女は総士の事が好きですよ」


「まあそやねんけど、好きって感じやなくて、可愛いと思う」


「美人ではありませんけどね」


「峰岸なんかよりよっぽど可愛いわ!」


「いや、客観的に見ると絶対に峰岸さんです!ねえ、総士!」


「う~ん。お互いそれぞれに魅力があるよな。どっちが上とかないと思うよ」


「なんやねん!そのモテ男の模範解答は!」


「そうですよ!ずるいです!」


二人で総士を責めようとしたとき、部屋のドアが開いた。


3人の視線が一斉にドアに集まる。


「あんたら、なにしてんの?」


視線の先には、3人分のお茶とお菓子をもった歩霧の母が立っていた。


「あんたら、ぜんぜん勉強してへんやないの」


歩霧の母が、冷たく言い放つ。


3人は慌てて鞄から問題集を取りだし、ノートを開いた。



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 



キーン、コーン、カーン、コーン


「あゆむー、部活いきましょう!」


「おう、理人、いこか」


歩霧と理人は野球部。総士はバスケ部に所属している。


歩霧は小学校の時からずっと野球をやっていた。


理人は野球経験がなかったが、歩霧と仲良くなり、歩霧が楽しそうに野球をしている姿を見て、入部を決めた。


理人は野球で一番頭を使うポジションであるキャッチャーをやりたがったが、体が小さいため認めてもらえず、今のポジションはセカンドだった。


セカンドを志望した理由は、『キャッチャーの次に頭が良さそうに見えるから』とのこと。


準備をして2人で教室を出ようとしたとき、クラスメイトから声をかけられた。


「なあ、総士くんってどんなお菓子が好き?チョコは嫌いかな?二人、いつも一緒におるから何か知ってるなら教えてほしい」


昔からバレンタインが近づくと、この類の質問を受けることが増える。総士の好きなものリストでも作って持っておこうかと思うくらいだ。


「あいつ好き嫌いないから、なんでも好きなんやないかなぁ。知らんけど」


「そっかぁ。たちばなくん何か知ってる?」


「そうですねぇ」


考え込む理人。


「何か知ってるなら教えてほしい」


「少し考えてみますね。知らんけど」


「知らんねやったらええわ。ほなねー」


横で爆笑しそうになる。


「いや!ちょっと!考えさせて。あー、行っちゃった。そういうつもりでなく、『知らんけど』は、なんというか、大阪ジョークではないんですか?」


「今のタイミングはあかんやろ」


こらえきれずに爆笑してしまう。


「よく笑えますね!人が大阪に馴染もうと、必死に努力してるのに!」


「わかったわかった。ごめんごめん」


「ほんとに、人が、一生懸命、、、」


納得できないようで、ぶつぶつ言い続ける理人だったが、急に真顔になってこちらを見てきた。


「なに?」


「歩霧、今度、『知らんけど』の使い方について教えてください」


「無責任やなかったんか?」


「その考え方は今でも変わりませんが、『郷に入れば郷に従え』です。大阪の特異な文化を勉強してみたくなりました」


「まあ、使い方なんかないけどな、無意識に言うてるし」


「その無意識の中にルールがあるはずなんですよ。それを・・・」


ダダダっ


背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。


「歩霧と橘くん!ばいばーい!」


2人の肩をポーンとたたき、藤田萌が横を走っていく。


「おう、また明日なー」


「藤田さん気をつけてー」


「うん。また明日ー」


にこっと笑い、手を振って教室を出ていく。


「歩霧の好きな藤田さん、いつも元気ですね」


「うん、、、いや、好きやないけどな、、、」


(あいつ、落ち込むこととかあるんやろか)


藤田萌の笑顔を思い浮かべながら、歩霧はそんなことを思っていた。



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 



「今日は歩霧の嫌いなバレンタインデーですね」


2月14日、学校に行くと理人が嬉しそうにそう言ってきた。


「そやな、お前が理解に苦しむ日でもあるな」


「その通りです」


「総士、今年は何個もらうんやろな」


「明日にでも聞いてみましょう」


バレンタインデーの朝、どことなく、周りがそわそわした雰囲気になる。歩霧はこの感じもどこか好きになれなかった。


いつも通り授業が始まるが、授業中、気がつけば藤田萌を見ていた。


(あいつは、総士にあげるんやろな)


総士の好みとか色々聞かれた。藤田はしっかり者なので準備に抜かりはないはずだ。藤田萌と知り合って2年弱だが、藤田は、優しくて、明るくて、いい奴だと思う。そして、言うまでもなく、子供の頃から隣にいる総士も、いい奴だし、大好きな親友だ。


でもなぜだろう。二人がうまくいけばいいのにとは思えなかった。


(藤田の相談とか乗っときながら、おれは最低やな)


そんなことを思っていると、不意に藤田がこちらを見た。無警戒だったので、完全に目が合ってしまった。


次の瞬間、藤田は笑って小さく手を振ってくれた。


藤田の笑顔は、なぜか心をあたたかくしてくれる。


歩霧も笑って手を振り返した。


 


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


 


「歩霧、ちょっといい?」


その日の昼休み、藤田に声をかけられた。


「うん。なに?」


「あんな、」


言いながら、藤田がこちらに顔を近づけて小声で話してくる。


「今日、総士くんにチョコレート、渡してほしいねん」


「は?いや、自分で渡せよ」


「そう思っててんけどな、無理!さっきちょっと見てんけど、遠くから見ただけでも、ドキドキして無理!」


「らしないなー。おれとやったらこんなに近くても、緊張せんとよーしゃべるくせに」


「だって、歩霧は親友やもん!お願い!」


こんなことは初めてではなかった。モテ男の親友をやっているとよくあることだ。ただ、藤田が依頼してくるとは意外だった。


「でも、お前が一生懸命考えて用意したんやろ?総士に直接渡さな後悔すんぞ」


「そんな気はすんねんけど、緊張して、、、」


「断る!自分で渡しなさい」


「薄情者!うー、、、でも、やっぱそうやんなぁ」


「ぜったいそうやって」


藤田は少し考えてから、ハッと何かを思いついたように言った。


「一緒に来て!」


「はい?」


「渡す時、近くにおって。歩霧が近くにおってくれたら安心。多分、総士くんに渡した瞬間、ウチ逃げるように走る気がするから、そのまま歩霧んとこ行く。歩霧の顔見たら、安心できる気がする。お願い!てか、これは譲らん!」


変な感じがしたが、相談に乗ってきた手前、無下に断るわけにはいかない。


「わかった。ほな、それはええよ」


「ほんまに!歩霧、ありがとう!!ほな、野球部の部室の近くで待ってる!練習終わったら合流な!」


自分が所属する野球部も、総士が所属するバスケ部もだいたい終わる時間は同じなので、帰る時間は同じになる。


「わかった。ほな、そん時にな」


「うん!」


藤田萌が自分の席に戻っていく。


(まあ、しゃーないか)


バレンタインを嫌いになる理由が、一つ増えた気がした。


 


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


 


「歩霧、帰りましょう!」


練習を終え、着替えを終えると、理人がいつものようにそう言ってくる。


「理人、悪い。今日ちょっと先帰っといてくれへんか」


「え?どうしてですか?」


「ちょっと、用事あんねん」


「歩霧、それは、もしかしてバレンタイン的な、、、」


「うん。でもな、おれやないねんで、ちょっと協力っていうか、、、」


「歩霧、あなたの言動には一貫性がないですね。散々バレンタインは嫌いだと言っておいて、渡したいという人が現れたら、受け取るんですね。体に悪い砂糖の化け物を」


「いや、理人、ちゃうんねん。おれやないねんて」


「歩霧、見損ないました。本当にあなたという人は、自分の発言にまったく責任が持てない人なんですね!!」


怒って部室を出ていく理人。


「だからちゃうんねんて!」


部室を出ていった理人を呼び止めようとしたとき、一人の女の子が理人の前に立っていた。


「歩霧、この子ですか?あなたが僕を早く帰らせたがる理由は」


知らない子だった。


「いや、ちゃうで」


誰だっけ?と考えていると、目の前の少女が理人に話しかけた。


「たちばな先輩」


「え?僕?」


理人は完全に面食らっている。


「はい。私、1年の小野ユリって言います。私、野球が好きでよく野球部の練習見てるんです。それで、見ているうちに、小さい体で頑張るたちばな先輩がかっこいいなって思えてきて。話しかける勇気もなかったんですけど、今日、バレンタインだから、勇気を出しました。頑張ってチョコレート作ってきたんです!よかったら、受け取ってください!」


理人は、自分の目の前で何が起きているかわかっていない様子だ。どこかへ行ってしまっている。


「おい!理人!」


声をかけて、肩を叩いて現実へ引き戻す。


「あ、あゆむ」


「聞いてた?」


「はい。何となく」


「返事してあげんと」


「そうですね」


そう言いながらも、理人は放心状態だった。仕方ない、おれが言ってやろう。


「ユリちゃんやっけ?こいつな、バレンタインにチョコレートは・・・」


「あゆむ」


「せっかく作ってくれたのに、もったいないかもしれんけど」


「あゆむ!!」


鬼の形相でこちらを見てくる理人。


「もしかしてたちばな先輩、チョコレート嫌いでした?」


「いえ、とんでもありません」


「おい、理人、言動の一貫性とやらは?」


「小野さん、むこうで話しましょう!この友達が変な誤解をしていて、変なことを言い出しかねませんので」


理人が小野ユリの手を引いて行ってしまった。


きっと今の理人はよくわからない精神状態になっていて、女の子の手を引くという行動も簡単にできてしまったのだろう。


「なんやねん。あいつ」


何が、『愛する人に砂糖の化け物を渡すなど理解できない』だ。


(お前の言動の方がよっぽど理解できへんわ)


「たちばなくん、どしたん?」


近くでやり取りを見ていたらしい藤田が、こちらへ走って来て不思議そうに聞いてきた。


「あ、藤田。いや、あいつな、バレンタインに、、、いや、やっぱりええわ」


浮かれている理人の顔を思い出すと、可愛く思えてきた。


そして、いつも理屈っぽいあいつの意外な一面を見て、どこか笑えてきた。


「笑ってるけど」


「ごめんごめん、気にせんとって。ほな、こっちも行こか。準備はええですか?」


「うん。頑張る!」


僕たちは、総士のいるバスケ部の方へ歩き出した。


「おれ、ちょっと見てくるわ、見つけたら、呼び出したるから待っといて」


バスケ部の練習も終わっているらしく、ちらほらと部員たちが帰り始めていた。


総士の姿が見つからないので聞いてみると、さっきまではいたが今はいないので帰ったのではないかということだった。


藤田に伝え、二人で探すことにした。


さっきまでいたというまだ帰っていないはずだ。


学校の中を二人でしばらく探し、校舎の裏手で総士を見つけた。しかし、総士は一人ではなく、女性が一緒だった。知らないキレイな人だった。おそらく3年の先輩だろう。


そして、総士を見つけたき、二人の間に距離はなかった。つまり、二人はキスをしていた。総士の手には女性から送られたであろうプレゼントが握られていた。


その光景を見た瞬間、自分の中で今までに感じたことのない感情が芽生えた。どう表現したらいいかわからない。人のキスを見るのは初めてだ。そして、それは紛れもなく、小さな頃から隣にいた親友だった。


藤田がその場から逃げるように走り出す。


反射的に歩霧も追いかけた。


ひとしきり走った後、藤田萌が立ち止まり、うずくまって泣きだした。


何も言ってあげれなかった。


歩霧も動揺していた。


そして、歩霧も泣いた。


どうしていいかわからなかった。


歩霧は立ち尽くして泣いていた。


ひとしきり泣いた後、どちらからともなくお互いを見た。


「藤田、、、」


「あゆむ、ごめんな」


「いや、ええよ。俺の方こそ、泣いてもーて、、、」


(なぜ、泣いたんだろう)


横で、藤田が泣いてたからか?


確かにそれもあるけど、少しちがう。寂しかった。


いつも近くにいた親友が、とても遠くに感じたんだ。


自分はここにいて、いつも横に総士がいたのに、名前も知らないキレイな先輩と一緒に、親友がはるか遠くの場所に立っている気がした。


すぐ、目の前にいるのに。


(おれは?総士?おれ、置いて行かれるんか?おれ、ここにおるけど、おれ、ここに、、、)


そんなことを思っていると、涙が出てきていたんだ。


「あげる。これ、歩霧にあげるわ」


突然声をかけられて我にかえる。藤田が笑いながらチョコレートを差し出してくれていた。


いや、まだ涙が乾いていないので、正確には泣いているのか、笑っているのかわからないが、


その表情に、胸をわし掴みにされた。


「一緒に泣いてくれたから、歩霧、ええやつやから」


そう言って、また先程の泣き笑いの顔になる。


自分が泣いたのは、きっと藤田が思っている理由じゃない。


藤田のために泣いたんじゃなくて、泣いたのはこちらの個人的な理由だ。


でも、今はいい。今は、それをはっきりさせなくていい。


(ここでいい)


そう思った、さっき、ずっと隣にいた親友がすごく遠くにいた。それが寂しかった。


でも、今は、今は藤田とここで、この場所でいたい。


「おれ、まだここでええわ」


「え?どういうこと?」


藤田がキョトンとする。


「今は、ここがええ。お前と一緒に、ここがええ」


「意味がわからんけど」


藤田が笑う。


「説明が下手って理人にもよく言われる」


歩霧も笑う。


冷たい風が、二人の横を吹き抜ける。


「帰ろうか。歩霧が一緒に泣いてくれてすっきりしたわ」


「おう」


二人で学校を出て帰り出す。


「散々なバレンタインやったわ」


藤田が前を見たまま言う。


「そやな。でも、」


「でも、なに?」


「いや、バレンタインも、そんなに悪いもんやないかもしれへんな」


小声になっていた。


「なんて?」


藤田には聞こえなかったようだ。


「いや、なんでもない」


「何なんよ。あ!わかった!あゆむ、ウチのこと好きになったんやろ!!」


(そんなん、今に始まったことやなくて、きっと、ずっと前から、、、)


「そんなわけないやろ」


「笑ってるー、あやしー」


「まあ、お前とおったら楽しいけどな、あ!すげー!めっちゃ空オレンジやな!」


夕日が街を鮮やかなオレンジ色に染めていた。


「ほんまや!キレイ!ウチも、あゆむとおったら楽しいよー」


藤田萌がこちらをみて笑った。もう涙はなかった。


歩霧も微笑み返す。


夕日に描かれた二人の影が、綺麗に並んでいた。

拙い文章に最後までお付き合いくださり、ありがとうござました!!

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