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21なかなか良い仕事をしてくれる

 紫苑(しおん)が連れてきた夕化粧(ゆうげしょう)はなかなか良い仕事をしてくれる。

 試しにと仕立てを頼んだ四つ身はたったの一日で仕上げてきた。

 出来がキレイなのは当然だが、手が早いのは助かる。

 とんだ拾いもんだ。

 だが、紫苑はどこで金剛石の見立てなんて覚えたんだ? 金剛石なんてそこいらに落ちているような石じゃねぇし、夕化粧の簪のような原石のようなものは、ここヨシワラだって見ねぇ。

 大概がキレイに磨かれ加工されたものばかりだ。

 棋士だったという兄貴が持っていた? 一介の棋士が手に出来るようなもんじゃねぇ。

 それにあいつは山育ちだったはずだ。

 オレがあいつと出会ったのも山の街道だったしな。



 ――あの時オレは金が尽きたせいか、なんだかむしゃくしゃしていた。

 金なんてその内入ってくると高をくくって、街道を眺めていたんだ。

 そこいらを歩く奴から貰ったって構わないと――


 女というにはまだまだ子共だがが、白く長い髪が夕日に煌めいて……婆さんでもないのに白い髪とは変わった娘がいると、目を付けたのが紫苑だった。


 旅装束というには軽装に見えるが、腰には護身用か似合わない刀がある。

 旅慣れているように見えねぇし、おもしれぇと思い、後ろから静かに近づく。

 気が付かれないように、気にしている素振りを隠す。

 オレ、気配を隠すのは得意なんだ。

 この軽装、どっかの家出娘かな。

 こいつのこの見た目なら味見をさせて貰っても、女衒に良い値段で売れそうだ。

 世の中をまだ知らない小娘なら簡単だ。

 道の先にあるうねりを利用して、蹴躓いて寄りかかり一緒に倒れ込む。

 可愛らしく悲鳴を上げちゃって……これからが楽しみだ。

 緩く下っていく坂に身を任せて転がる。

 荷は殆ど持ってなかったはずだから、後でここを登り荷拾いをせずに済みそうだな。

 もう、可笑しくって、にやけて仕方がない。

 暴れられる前にと馬乗りになり、手首を頭上で縛る。


「放して! なにを……」


「死にたくなかったら大人しくしろよ」


 うるさい口を押え、耳元にささやきかけ、短刀を首元の地面に突き刺す。

 これで大体の女は大人しくなるんだ。

 紫水晶の瞳がオレを睨む。

 こいつ、怯えるよりも先に睨んでくるとか面白いな! 楽しませてもらえそうだ。


 白く肌理のいい肌に喉が鳴る。

 そういえばご無沙汰だったな。

 つるペタなのはまだまだ小娘ってことか。

 その柔肌を楽しませて貰おうと、前合わせを広げる。


 ! ――あると思っていたものがなかった。


 広げた着物の中身はオレの趣味ではない。


「お前、男だったのか!?」


 少年の未発達な筋肉、板のような胸だった。


「男って……なんのこと?」


 萎えた。


 オレに衆道の趣味はないんだよ。

 久しぶりだっただけにがっかりだぜ。

 このまま放つか……いや、黙って見てりゃ、整った顔立ちをしているな。

 それに紫水晶の瞳なんて初めて観るし、老人でもないのにこの真っ白で長い髪……男でもそれなりの値で売れるだろ。


「私、男なの? 女じゃなかったの?」


 縄を解こうと藻掻き、オレに聞いてくる。

 何をこいつは言っているんだ?


「男か女かなんて、てめぇがよく知っているだろうよ」


 ……変な奴に目をつけちまったか?

 男のくせに女の格好なんて、どこかでお稚児さんでもしてたか。

 ぶつぶつなにか呟きながら藻掻く。

 そんな簡単に解けるような縛り方してねえよ。


「あ……」


 短刀をそのままにしていた事を忘れていた。

 首元にあった短刀で縄を解き、馬乗りになっているオレにその切っ先を向ける。


「いい加減にどいて欲しいんだけど。私に用なんて、ないでしょう?」


 形勢逆転とばかりにオレに向けられた短刀に、こいつの上から退く。


「男の、それもガキの『わたし』って言い方は気持ちわりぃな」


 そんな驚いたような顔しなくてもいいんじゃねぇか? てか、今まで誰にも言われた事ないのか。

 まぁ、お稚児さんやってたら言われることはないか。

 向けられていた短刀が下がっていく。


「私……俺。……僕」


 油断した姿に短刀を蹴り落とす。

 蹴り落としたとこで、こいつは刀を提げているから意味はなさそうだが、切っ先を向けられているのは気分がいいものじゃない。


「僕ならどうかな? 俺っていうのはちょっと……」


 短刀を落としたことを気にすることもなく、それをオレに聞くか?


「いいんじゃないか。……どうでもいいし」


 この変な奴に構ってないでオレはここを離れたい。

 この粟立つ感じは、囲まれている。

 こいつを女衒にと考えたのはオレだけじゃないってことだな。

 乱れた着物を直すこいつの腕を掴み、走り出す。

 突然の事に足を縺れさせながらこいつはオレに引かれるまま走る。


「あれ、あなたの仲間じゃないの?」


 獲物を横取りしようとする奴等が仲間なわけねぇ。


「オレに仲間なんて居ねぇよ」


「寂しいこというじゃないか。苧環(おだまき)


 通せんぼするように腕を広げて前に立つ男は昔の仲間だ。

 追いかけて来る連中の中にも見慣れた顔が幾つかある。


「仲間じゃない」


 オレはもうこの連中に仲間意識なんて欠片もねぇ。


「苧環さ、随分とイイモノもってんじゃねぇか」


 紫水晶の瞳を見る。

 連中のいうイイモノが自分だとは思ってなさそうだ。


「……僕、追われるのは嫌なんですけど?」


 オレと一緒に居なくたってこの変わった見た目に、連中だけじゃなく目を付ける奴は出てくるさ。

 ……全く意識してなさそうだな。


「ねぇ、そのイイモノをこの人達に渡して、僕の手も放して」


「そうだ。そのイイモノ早くこっちに渡しな」


 連中になんで渡さなきゃいけないんだよ。


「これはオレが手に入れたんだぜ。ただって訳には……」


 囲っていた連中が刀を抜く。

 いつからこの連中はこんなに血腥くなったんだ?


「苧環てめぇが掻っ攫っていった金はその小娘一人で済むようなもんじゃねだろう!」


 オレの手を振り解き、刀を目の前にいる男に向ける。

 その刀はただの護身用、飾りじゃなかったんだな。



「イイモノって僕? 冗談じゃない」


 あの頃から紫苑の戦いぶりは圧巻だった。

 刀を持つ姿が様になってだるだけあったな。

 一撃の元に連中の囲いを開けてしまうとはお見それした。

 連中も戦えるのはオレだけと油断していたのだろう。

 追ってくる事を忘れて呆然としている馬鹿もいたからな。

 前を立ち塞がる連中はこいつの刀の錆となり、連中の怯んだ隙をオレ達は抜けてきた。


 はははっ! 可笑しかったぜ。

 このひ弱そうな奴に斬り払われていく様は、思い出しただけで笑える。


「さっきの人達となにかあったの?」


「あぁ? オレは連中の仲間の一人だったってだけさ」


 気のいい奴等だと思っていた頃もあったさ。

 いつの頃からか、やり方が変わっちまった。

 盗賊なんて商売してんだ。

 殺しなんてなんとも思わねぇがよ、毎度毎度の畜生働きとなると話は別だ。

 ……あれはイヤになるってもんだ。


「連中とソリが合わなくなって、オレは抜けた。それだけだ」


「掻っ攫っていったお金って?」


 そんなキョトンとした顔して聞くんじゃねぇよ。


「退職金代わりに貰ったんだよ。……塒にあったもの全部」


 それはもう全部使っちまったけどな。


「僕、なんかイヤなものに巻き込まれた気がします」


 おう、そんなに顔をひくつかせちゃって、オレに目を付けられた時点で終わりなんだよ。


「あの盗賊との距離も開いたでしょうから、じゃあ……」


 去ろうとするこいつの手を捕まえる。


「お前はオレが捕まえた獲物だぜ。どこに行こうとしてんだよ」


 紫水晶の瞳が空を見る。

 男を味見をしたいとは思わないが、連中だって目を付けたくらいだ。

 そう簡単に逃がすかよ。


「……苧環だっけ? 放して」


「放したら逃げるだろうよ」


 せっかく金になりそうなモノを手に入れたんだ。

 ここは諦めてもらわねぇとな。

 盛大に、厭みったらしく溜息を吐く。


「ガキが溜息なんて吐くもんじゃねぇよ」


 子共をあやすように頭を打つオレの手を払いのけ


「子供扱いは……それに僕は『紫苑』だよ」


 オレのような盗賊風情に名乗るとか、あの頃の紫苑は世の中を何も知らないガキだった。

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