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13笑えばいいってわかってるわよ

 笑えばいいってわかってるわよ。

 でも、どう笑えばいいの?

 向けられる写真機にどんな顔をすればいいのかわからないのよ。

 今日撮った写真の出来で客入りに差が出ると、遣手は言っていたけど……どうやって笑っていたのかさえ、わからないの。


 わっちの水揚げが決まってからあの人は来なくなった。

 酒だけを酌み、決してわっちに手を出そうとしなかったあの人。

 ヨシワラの掟を重んじていたのは知っている。

 わっちのためだと手を握る以上は求めてこなかった。

 だけど、わっちは……

 この街に売られ、この街で育つうちに覚悟は出来ていた。

 出来た筈だった。


 ――(よもぎ)に逢うまでは。


浜梨(はまなし)、僕は笑顔を撮るよう頼まれたんだよ」


 写真機を覗いていた紫苑(しおん)の紫水晶の瞳がわっちに向けられる。

 いつもの飄々とした顔が困っていた。

 わっちだって笑えるものなら笑いたいわ。

 ……ただ


「気分が晴れないの……」


 我が儘だってわかってる。

 わっちは遊女だもの。

 わっちの気持ちなんて二の次三の次でなきゃいけない。

 これからわっちは客を取るのだから感情くらい自在に操らないと……


「気分って、水揚げの写真は他の遊女みたいに室内での方がよかった?」


 そんなのどうでもいいわ。

 こんな綺麗に晴れた日に部屋の中では余計に滅入ってしまうから、姉女郎たちとは違う趣でよかったと思っているのよ。

 豪華に着飾って、飾り立てつけた部屋なんて……今のわっちにはキツイわ。


「男の紫苑には乙女心なんてわからなんし」


「僕は男でも女でもないよ」


 写真機が掠れた音を立てる。

 紫苑の足元から白猫がこちらに向かってくる。


「だからって、浜梨の気持ちがわかるってものでもないけど、なにかあった?」


 そんなに優しい声を出さないでよ。

 もう……


「なんだよ。泣きたい時はいくらでも泣けばいいじゃないか」


 泣きたくなかった。

 泣いたら、蓬が来ないような気がして、ずっと我慢してたのに。

 泣いたら、泣くことに酔っているみたいで、嫌だったのに。

 泣いたら、それこそ負けな気がして、堪えていたのに。


「浜梨。我慢もいいけど、そればかりはダメだよ」


 紫苑の優しい手が背中をさすってくれる。

 そんなに優しくしないでよ。

 化粧が落ちちゃう……


 泣きやまないわっちに紫苑は黙って寄り添ってくれた。

 何事かと見世の者達が押し寄せる中、紫苑だけがずっと優しく背に手を当ててくれて、それがとても心地よくて紫苑の膝で寝てしまった。


 蓬と初めて逢った時、わっちが膝枕をしたの。

 ヨシワラに初めて来たっていう蓬は、緊張で飲み過ぎちゃって、宴席の端でわっちの膝枕で寝ていたわ。

 その日は帰るときも肩も借りられなければ歩けないくらいだった。

 なんて情けない男なんだろうって、男がどんな生き物かわかったつもりで冷めた目で見ていたの。


「起きた? 僕、足痺れてきちゃった」


 文句を言うけど、退けとは言わないのね。


「……なにも聞かなんし?」


「聞いてもいいの?」


 今この部屋にいるのは紫苑とわっちだけだもの。

 紫苑じゃなきゃ話せそうもないわ。


「蓬に……逢いたいの」


 込み上げてくる涙に声が擦れてしまう。

 逢いたくても、わっちから逢いに行けるはずもなくて……待つしかないのよ。

 こんなにもあの大門が憎いと思ったことはないわ。

 どうして……わっちは遊女なの?

 どうして……逢いに行っちゃいけないの?


「逢いたいのに……」


 紫苑はずっと黙って聞いていた。

 わっちが泣いて言葉になっていなくても、なにも言わなかった。

 掛けて欲しい言葉なんてなかったし、聞いてくれるだけでよかった。

 だって、どうにもならない事だもの。

 水揚げの相手を望めるなら、蓬がいい。

 初めての事だし、それしかわっちが蓬にあげられるものなんてないし……違うわ。

 わっちは遊女という商品だもの。

 あげられるものなんてなにもなかったわ。

 蓬は大店の跡取り。

 わっちはヨシワラの遊女。

 釣り合う訳もないのに……


「逢いに行けばいいじゃん」


 ずっと黙っていた紫苑はあっけらかんとしていた。

 それが無理だから、こんなにも辛いのに。


「そんな無茶言わなんせ」


 紫苑はわっちの簪を外していく。


「こんな仰々しい頭してたら無理だろうね」


「何を……しなさんす?」


 解かれていく髪が軽くなる。

 紫水曜の瞳は悪戯をするような子供のように楽しそうだ。


 どこから持ってきたのか、袖を通す機会もなさそうな地味な長着を着せられ、解かれた髪も適当に纏められた。

 端から見たら遊女には見えない姿に、記憶の奥にある母の姿を思い出した。


「これなら……ね?」


「紫苑はわっちに、足抜けをしろっていいありんすか?」


 足抜けなんて……見つかればただじゃ済まないわ。

 河岸見世の遊女が足抜けしたって、野ざらしにされてから一月も経ってないじゃない。

 そんな危険な……馬鹿なことをしろっていうの?


「だって、逢いたいんでしょ? 見世出し前に間夫を作るくらいだ。外へ逢いに行く位の度胸あるでしょ?」


 真面目にそんな事を言うものだから、驚いたわ。

 あの大門を潜った日に言われたのは、外の世界に憧れてはいけないということよ。

 次にあの大門の下を通るのは、この身が綺麗になった日だって、わっちをここに連れてきた女衒が言ったの。


「僕が出来る事は逢いに連れて行くことくらいだよ」


 外……


「蓬に、逢える……?」


「それは、絶対じゃないけどね」


 嘘でも絶対に逢えるって言って欲しいわ。


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