11猫の鳴き声が場の緊張を間延びさせる
猫の鳴き声が場の緊張を間延びさせる。
足元に纏わり付く白猫を邪険に払いながら紫苑は近づく。
「ねえ、萩。君はもう稚児じゃないんだから春をひさぐ必要はないんだよ」
男達に組み敷かれる俺を助けるでもなく、見ているだけって鬼畜じゃないか?
「俺、だって好きで……こんな目に、あっているわけじゃないんだ」
どう暴れても、抵抗しても多勢に無勢でどうにもならなかった。
「やっぱ、元売れっ子太夫が街を守る棋士なんて辞めたほうがいいんじゃないの?」
助けてくれないのならあっち行け……幾ら元稚児だからって何でも受け入れられるわけでもないし、こんな姿……誰かに見られたくはないんだ。
滲んでくる涙が惨めに思える。
「萩太夫もいいけど、そこの真っ白頭のおまえもいいな。一緒に相手してもらおうか?」
俺を囲んでいた男が紫苑に興味を向ける。
月明かりが怪しく紫苑を照らす。
遊女の好みそうな牡丹と蝶をあしらった派手な着流しに名前と同じ紫苑色の長羽織、腰にその相貌に似合わない刀を差し、真っ直ぐ肩口で切り揃えられた真っ白な髪が表情を隠す。
足元の足袋が春をひさぐ者ではないと教えてくれるがこの無法者にそれがわかるだろうか。
「僕? ほら足袋履いているよ。僕は春をひさぐなんて出来ないよ」
自分の足元を指さし、おどけているけど、男達はそんなことを気になんてしなてないだろう。
だって、玄人だの素人だの気にしない獣のような奴らだから稚児を引退した俺を組み敷いてくるんだろう。
「僕っ娘か? 大丈夫。ちゃんとかわいがってやるから安心しな」
紫苑は相手を馬鹿にするように大きな溜め息をつく。
「あのさ、これはやっちゃいけいないことだってわかってる? 怪我をしないうちに萩から離れて大人しくしてね」
横一文字に揃った前髪から覗く紫水晶の瞳が月光のように怪しく光る。
紫苑の羽織紐についた鈴の音と抜刀による鎌鼬が男を薙ぎ、その男の影に鎌鼬から逃れた男が紫苑に刀を横に払う。
なんでもないように後ろに下がり切っ先をやり過ごし、横から来る別の男の刀を受け止め、立ち直った最初の男へ火球を投げつけその爆発で意識を奪った。
俺の上に跨がるこいつは周りの状況を見ていないのか、俺を嬲ることに忙しいらしい。
ふざけるなっていうんだ。
こんな手首の拘束さえなければ……
どんなに藻掻いても拘束は外れない。
男の顔を水球が被い苦しみだす。溺れたのだろうか? そのまま俺の上で伸びてしまう。
……助かった。
これは助かったでいいんだよな?
最後の一人を斬り倒し、月光を受ける紫苑は美しくそして儚い。
紫苑は火水風の精霊術を全て使う。
これって普通はあり得ない。
本来精霊の加護は一つしか貰えないはずで、俺のもつ加護は風だ。
風の加護を表す緑の瞳は薄く、ほぼ茶色のため、そよ風程度しか出せない。
というか、これが一般的なものだ。
だけど、紫苑は三つ全ての加護を使い、それを表すはずの瞳も紫とか変わった色をしているんだ。
紫苑は俺の上で伸びる男を蹴りどけ、眉根を寄せる。
嫌なら見るなよ。
俺だって見られたくない。
拘束を解かれ、肌蹴た制服を直す俺に紫苑は
「体は大丈夫? 間に合わなくてごめんね」
謝られればそれだけ惨めさが増す……
幾ら助けてくれた相手だとしても、やっぱりこんな姿見られたくない。
「ふざけるな! 未遂だ。未遂!」
俺は松の位に名を連ねる遊女を母に、この儚くも美しいヨシワラに産まれ育った。
その母も俺が片手で数える頃には浄閑寺に行った。
母の残した借金は俺にのし掛かり、返し終えたのはつい最近だ。
稚児として春をひさいできた俺になにが出来ると思う?
借金を返し自由になった俺がこの街に残るのも道理だろう。
父親? 遊女を母に持つ俺に父親なんて意味がない。
それよりも生きていく術が重要だ。
手習いにと指南を受けていた剣術のおかげで、うまく就けたこの棋士の仕事を精一杯やっていくだけなんだ。
やっていくだけなんだけど、荒くれ者に組み敷かれるとか情けなさ過ぎる。
助けにきた相手が紫苑とか……本当にもう散々だ。
別に紫苑がおしゃべりでこの事を言い触らすような奴とかじゃないよ。
ただ、他の奴に見られるより紫苑に見られることが無性に嫌だ。
――――俺は紫苑を好いている。
自覚したときはなんで紫苑に? って無性に腹が立った。
だって、相手が紫苑なんだ。
対して歳も離れていないのに紫苑は俺を子供扱いするし、まだ棋士になって間もない俺に無茶なことばかり言うし。
なんで俺は紫苑のことが……
見た目? 見た目なのか?
そりゃあ紫苑の見た目は他とは変わっているけどさ、それだけで思いを寄せるほど俺はお子様じゃない。
このヨシワラには見た目の優れた奴なんて掃いて捨てるほどいるし、自慢じゃないが俺だって太夫を張っていただけあって見た目はそれなりにいい方だと思っている。
紫苑より顔の整った奴と俺は知り合いだしな。
でも、紫苑のような真っ白な髪や紫水晶の瞳は他にいない。
よく女衒にだまされたりせずお清のままでいられたよな。
本当に俺は紫苑のなにに惹かれたのだろう?




