ガードレール
携帯電話に表示されたナンバーを何度も確認して、通話ボタンを親指でグッと押し込む。
近くの草むらでけたたましく鳴く秋虫を疎ましく思いながら、コール数を数える。夜半の山中の冷たい空気に手が震えたが、なかなか繋がらない。
「もう日付も変わってるし、報告は夜が明けてからでも……」
そんな甘い考えが頭をよぎった瞬間、唐突に繋がる通話。くぐもった声が応答した。
「あ、オレだけど」
「おぉ、お前か。どうした?」
「あのさ…… ゴメン、借りてたオッチャンの車、ブツけてしまって」
「……そうか。お前、怪我は? 相手いるのか?」
「いや、相手はガードレール。怪我もない」
「わかった。警察呼んで、事故証明出してもらえ。あと、保険会社にも電話しろ。わからないことあったら、またいつでも電話してこい」
「うん、あの、ホントにゴメン。車、綺麗に修理して返すから」
長い直線の後のタイトな右コーナー。
十分な減速をしないままに進入してしまい、旋回しながらビビッてブレーキを踏んだ結果、荷重の抜けたリアがいきなり滑り始めてあっけなくスピンした。
街灯に白く浮かぶ車体。
流麗なボディラインが今夜は膨張して、沖に打ち上げられた間抜けな魚みたいに見えた。
左フロントはガードレールに接触したまま。フロントフェンダーは無残に窪み、ヘッドライトは割れて垂れ下がっている。エンジンフードも中程で折れて、山型に浮いていた。
いつも旅行に連れて行ってくれたこの車を、自分のせいでこんなに傷つけてしまった。ひょっとすると、廃車になるかも知れない。
遊園地、博物館、旅先でのいくつもの光景が浮かんできて、深夜の山中で一人、嗚咽した。