純銀に輝くセダン
オレが物心ついた頃、そこには既に「オッチャン」がいた。
母子家庭だった我が家に時折、ふらりとやってきて夕飯を共にする大人の男。
どこか大きな会社の管理職らしく、中肉中背の筋肉質な身体を地味なスーツでいつも包んでいた。
休日に遊びに連れて行ってくれることが年に幾度かあって、そんな日のオッチャンの私服はとってもダサかった。アパレル関連の会社に勤めていた母には、それが我慢ならなかったらしい。
オッチャンの誕生日やクリスマスに贈るネクタイやポロシャツを選ぶために、オレはよく百貨店に付き合わされた。
小学校低学年になって、オッチャンにはオッチャンの家族がいることを知った。つまり、そういうことだ。
でも、オレにとってオッチャンはあくまでオッチャンだった。
夏は海で泳ぎ方を教えてくれたし、冬は蟹を食べに日本海の温泉街へ連れて行ってくれた。その温泉街を舞台に書かれた短編があると、志賀直哉の文庫本も買い与えてくれた。
ある日、オッチャンとの待ち合わせ場所へ向かうと、見慣れない車が停まっていた。純銀に輝く細身のボディライン、水冷の直列六気筒エンジンを納めた長いノーズ、テールには誇らしげな丸形四灯デザインのランプ。
当時、発売されたばかりの最新車の運転席から降りてきたオッチャンは、いつもよりちょっとカッコ良く見えた。