ボロボロ
左手の練習もひとしきり終わる。
ここまでずっとピアノに触りっぱなしだ。そろそろ集中力が切れてきそうな頃合いだろう。
彼女の教え方が上手いのだろうか? 今までそこまで労せず弾けている気がする。
素人としては良い方なのか? これが普通なのか? 彼女がただ褒めてくれているだけなのかは分からない。ただ彼女の感嘆とした表情を見ていると、僕はそれなりにやれているのだろうと思った。
それと、小さい子が必死になって覚えているのと比べれば、高校生ならばそれなりに器用になっているという事もあるのだろうか?
それでも初心者をここまで引っ張れているのは彼女の功績なのは間違いないだろう。
「教えるのはあなたが初めてよ。私自体そんな教えられるほどうまいわけじゃないのだけど、あなたが弾いたことないっていうから……。それなら多少はと思ったの。まぁいいわ、次は両手でチャレンジしてみましょう。ここまできたら出来るはずよ」
そう彼女は言って、僕に早く弾くように促した。
彼女は指導者になったらきっとスパルタになりそうだ。
僕は初めてピアノを弾いて、こんなにもドキドキしている。
ここまで必死になって弾いていたのでだいぶ疲れてきていた。でも、これで最後だと思い、ここまで来たら最後まで弾きたいな、という気持ちになっていた。
ピアノに両手を構えて一呼吸して構える。そして両手で弾き始めた。
「あっ」
思わず声が出た。
僕はあっさりと弾く鍵盤を間違えて不協和音を鳴らしてしまった。
出だし何小節だろうか。始まってすぐなので、今のは無しと心の中でつぶやいていた。
「ふふっ、そんな声に出さなくてもいいじゃない。でも見事に間違えたわね。さすがに両手で弾くのを一発でやるなんて無理よね。悪いけど少し安心したわ」
「安心したなんて、ひどいですね」
彼女はなんだかうれしそうに笑っている。
人の間違いを笑うなんてひどいなぁと思いながらも、彼女の笑顔につられて僕も笑っていた。
「まだやる?」
と聞いてきたので。
「もちろん、次で弾ききります」
と答えた。
こんな答え方をするのは失敗するフラグだよなぁと思いながらも、残り少ない集中力が切れる前に弾ききらないと絶対無理だなと思い深呼吸してピアノに手を置いた。
楽譜を目で追って、少し先の方まで頭の中に音符を入れた。音符を入れるといっても、しばらく片手ずつ弾いていたので頭には入っているはず。最初の和音は奇麗に入った。
後はこの調子で弾いていけば大丈夫……。
結果は燦々たるものだった。両手で弾き始めるとリズムはバラバラ、片手につられて音を間違える、片手ずつ出来ていたはずなのに出来なくなっていた。
「なんかボロボロね。最初より悪くなっている気がするわよ。」
彼女は少し哀しそうな表情をして、でも少し笑っていそうな、複雑な表情をして言った。
「集中力が切れてしまいました」
僕は少し乾いた笑いをしながら答えた。
集中力が切れてきたのは本当だ。でも弾けなくなったのは手が自分の感覚に戻ってきたというのが本当の所だ。
最初は自分で動かしているというよりは勝手に動いていた感覚だった。自分で弾いているイメージが無く、音に合わせて手が覚えている動きをしていたと思う。
「まぁ、最初だしね。ちょっとスパルタだったかしら。ずっと、弾き続けてきたから少し休憩しましょうか」
彼女は窓際に置いてあるテーブルの方へ移動していく。
気が付かなかったが、お茶を淹れてくれていた様だった。