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両手

 ピアノの前に座って弾き終わった後の安堵感からか大きな呼吸をまだしている。


「せっかくだから、左手も一人でやってみたら?」


 彼女が少し意地悪そうな顔をしながら誘ってきた。


「いや、さすがにいきなり両手は無理です。」


 せっかく少し気持ちよくなっていたのだから、このまま終わらせてくれないのかと思う。

 さすがに素人相手に求めている要求高すぎだろうと思った。


「じゃあ、まず今度は左手だけで弾いてみて、次に両手と段階を踏んでみたらどうかしら? 君ならいけそうな気がするんだけどな。できそうなときにやっちゃうのがいいと思うよ。ほら、左手だけ置いて、一回やってみようよ」


 そう言って彼女は僕の左手を持ってピアノの上に乗せた。

 僕はされるがままに左手でピアノを弾く。

 左手は動きがおぼつかない。

 緊張しているのもあるが、不器用なのがよくわかる。

 僕は右利きなのだ。お箸を持つのもお延を持つのも右手。左手はお茶碗を持ったり、髪を洗ったりコップを持つくらいの補助的な動作しかしていない。

 指の動きが固い、力加減が難しくて強弱がつけ難い。だいたい強めに叩いてしまう。

 彼女はそんな僕のおぼつかなさに見ていられなくなったようだった。


「ピアノはそんなに力任せに叩かないのよ。そのまんま音に力で叩いているのが伝わっているわ。いい、ピアノは優しく弾くのよ。ちょっと手をピアノの上に軽く置いて」


 彼女はそう言った後に、僕の手の上に手を重ねて、

「これぐらいの力加減よ」

 といって、僕の手の上からピアノを弾いて見せた。


 そして、

「そのまま続けて弾いてみて」

 といって、手を重ねたままピアノを弾いていた。


 ピアノを一緒に弾く。

 自分の手の上に彼女の手が重なり触れた優しい感触が伝わってくる。

 ピアノは優しく弾くものだと。そして撫でるように優しく。指先からピアノへ自分の思いを乗せていく、力強い音も叩きつけているわけではなく、押し付けているわけでもない。

 彼女の手の柔らかさとほんのり暖かい手の温もりを感じて力が抜けていったのは否めない。


 彼女の指につられてピアノを弾いていく。

 どうやって叩いていけばいいのか頭と体が徐々に理解していった。


 しばらく弾いていた後に、彼女は手を放して

 「一人で弾いてみて」

 と言った。


 僕はいままで一緒に弾いてくれていた感覚を思い出しながら最後まで弾いていった。

 たださっきまで彼女が触れていた感触が生々しく残っており、体は少し熱を持っている。

 必死に高揚してしまうのを抑えながら楽譜を読んで弾いていった。


「そうよ、優しく弾いてあげてね。こんなちょっとで弾けるなんて、教え買いがありすぎていうより、経験者じゃないかと疑うわ。才能だったら嫉妬しちゃうわね」


 彼女は僕が弾いている横で指を左右に揺らしながら楽しそうに言っている。

 お宝を発見したような目を少しキラキラさせていて、見ているこっちまで楽しくなれそうだ。


「そんな、かなりギリギリですよ。教え方が上手だからここまで弾けてるんですよ。今までも誰かに教えたことありましたか?」


 そう言うと彼女は再び疑り深い目でこちらを見ていたが、僕が真剣な目で「教え方が上手だから」といったら少し赤くなり照れたような顔つきになっていた。

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