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初めて?

 ピアノを弾いている間、周りを気にする余裕は無かった。

 弾き終わって息をついている時に「はっ」として隣にいる彼女の方へ顔を向けた。

 彼女は少し驚いた顔をしたまま固まってこっちの方をじっと見ていた。


「口空いてますよ」


 彼女が固まっていたので、うっかり見たまんまを口にしてしまった。

 彼女ははっとして、両手を口に当てて口を閉じる。

「ごめんなさい」

 と言って恥ずかしそうに一瞬顔をそらして隠す。

 その後、気を取り直すような、少しぶるっと顔を揺らした後にこちらに顔を向けなおして大きく瞬きをした。


「凄いじゃない! ハーモニカ以来触ったことないなんて嘘でしょ? しっかり弾けてたよ」

「いやぁ……、ピアノを弾いた事はおろか触ったことも無いですよ」

「そうとは思えないけどなぁ……」


 彼女は少し不服そうに、こちらの顔を覗きこんでいる。

 僕の言葉の真意を見極めようとしているのだろうか? そんな事を言われても弾いた事が無いものは無いのだ。


「そう言われましても……。さっきも音符追うのに必死でしたよ」

「ふ~ん」


 彼女はまだこちらを疑わしそうに見ている。


「きっと今のはまぐれですね。もう一回弾いてみたらわかりますよ」

「そう? そしたら今度は左手もつけてみたら?」


 彼女は少しイタズラっぽい感じで言ってきた。


「いや、さすがに無理ですって」


 僕は慌てて、手を横に振って必死に断った。


「わかったわ。じゃあ左手は私が弾くね」


 そういって彼女は僕の左に回り、左手を鍵盤の上に置いた。

 僕の必死の断りを受け入れてくれたのはいいのだけど、そういう事じゃないんだよなぁと心の中で思っていた。

 そんな事を考えているよりも胸の鼓動が早くなってドキドキするのが止まらない。

 抑えようとするのに必死になって今日の晩御飯とか関係ない事を考えていた。


「これならいいでしょ?」


 こちらの顔色を窺った後に、「さん、はい」と言ってピアノを弾き始めた。

 気持ちが落ち着かないまま演奏が始まる。

 僕は大きく瞬きをして邪念を振り払うかのように譜面に集中した。


 自分の右手の動きに合わせて彼女の左手が動いていく。

 気を使わせているのだろうか? テンポとかどれくらいが良いのだろうか?

 はじめは多少考えている余裕があったが、すぐに音符を追うだけで精一杯になった。

 他の事を考えている余裕は無い。

 そして必死に音符を追っている間にまた最後まで弾ききってしまった。


 テンポが合っていたのかは分からない。

 でも、一緒に弾いていても不協和音は聞こえなかったと思う。左手の伴奏は彼女が僕に合わせて弾いてくれていたのは間違いないだろう。

 最後まで弾ききった事にほっとして目を閉じて大きく息を吸って吐いた。

 走り切った後に息が切れるのと似たような感じだと思う。


「深呼吸ってやる前にするものじゃないの?」


 彼女がこっちを向いて笑っている。


「弾ききってほっとして息をついたんです。緊張して息が詰まりそうでした。」


 彼女には深呼吸したように見えたらしい。落ち着こうとして息をついているのは間違いないのだが、深呼吸というよりは息切れして酸素を欲している感じの呼吸なんだけどな、と心の中で思った。


「それにしても、やっぱりすごいね。とても鍵盤ハーモニカ以来とは思えないわ。二回目もきっちり弾いていたね。」

「そうですか?やっぱり僕は音符を追っかけるので精一杯でしたよ」


 そう言いながらも、内心僕にはセンスがあるんじゃないかと思っていたり。

 褒められて少しうれしくなっていたので僕の表情はにやけていたかもしれない。

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