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メヌエット

 僕は彼女に促されるままにピアノの前に座っている。


「鍵盤は触ったことはある?」

「鍵盤ハーモニカ程度なら……」

「ふふっ、懐かしいわね。そうよね、、ピアノを習っていたりしなかったら触る機会なんてあまりないものね」


 彼女は少し笑って答えた。


「でも何年前なのかしら。どれがドレミファソレシドかはちゃんと分かるってことよね?」

「一応、それくらは分かります」


 僕はなんだか少し馬鹿にされたような気持がした。

 彼女にはそんなつもりは無かったのかもしれないが、ちょっとむっとした気持ちを込めて答えた。


「そんな怒らないでよ。」


 彼女はちょっとすまなそうな顔をして言った。


「簡単な曲をやってみましょう。きらきら星とか、メヌエットとか、片手だけでも弾いてみない?」

「メヌエット?」

「そうよ、ちょっと弾いてみるわね。一回くらい聞いた事ないかしら?」


 彼女は椅子に座っている僕の目の前に手を伸ばしてきた。


「どきましょうか?」


 僕は彼女がピアノを弾くには邪魔だろうと思って横にずれながら椅子から立とうとした。


「大丈夫」


 そう言って彼女はピアノを弾き始めた。


 鍵盤の上に彼女の指が乗り、少し浮き上がったと思うと鍵盤を叩いて初めの和音が鳴る。

 音が鳴り始めた瞬間に一瞬ドキッとした。

 それでも彼女の指は目の前で滑らかに動いていき続いていく。

 彼女の顔がかなり近くにあって、それでもちょっとドキドキしていた。奏でられる旋律はなんとなく聞き覚えがあるような気がした。


 時間にしてほんの一分ちょっとだろうか、彼女はあっという間に弾き終えた。

 僕の前から指と体を戻してこちらを見て

 「どう?聞いた事ない?」

 と聞いてきた。


「聞いた事はありそうな気がします」


 煮え切らない感じの返事をする。

 聞いた事があるような無いような、まぁ有名な曲ならどっかで聞いた事はあるのだろう。

 そんな僕の表情を見て彼女はちょっと苦い笑をしている。

「弾いてみる? 右手だけでもやってみたら違うかもよ」

 と聞いてきた。


 彼女の指の動きからしても、そんなに難しそうに感じなかったので、

「やってみます」

 と答えた。


 姿勢を戻して右手を鍵盤の上に置いて鍵盤を叩き始める。目の前に置かれた五線譜に書かれた音符を必死に追っていく。

 音符が何の音を示しているのか読み取るのに時間がかかる。

 鍵盤を叩く指の動作がゆっくりになってしまいそうになるが、何故か指がどこを弾けばいいのか知っているかのように勝手に動いて鍵盤を叩いていた。

 自分でも不思議な感覚だった。

 目の前に置かれた譜面をどこまで弾いたのだろうか? すでに目は音符を追っかけるのに必死で、指だけが勝手に先へ進んでいる感覚が続いていた。


 さすがにもう駄目だと思ったが、譜面の端まできて、ちょうど終わるところだった。

 僕は緊張してピアノを必死に弾くことに集中していた。

 終わった瞬間にほっとした安堵があった。

 達成感というよりはやっと終わったという気持ちで、終わっても自分の指で鍵盤を叩いていたのが不思議なくらいだった。


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