現実
人の一生は儚いという。
地球は何年も人の生き死を大地の上で見届けてきている。
人が他の動物の一生を何回も見ているように人も同じようにみられている。その中でも一人ひとり一生懸命に生きている。
他のものにとって人の一生が一週間で表現されるようなあっという間の時間だったとしても、その中でちょっとしたドラマがあったり、様々な感情が生まれて一生を過ごしている。人が誰かの一生を見届けて生まれる感情、生や死といった一回しか体験できない事は、一生心の奥に刻まれていく。
もし人よりも長生きするものがいて、人を見ていたのであれば同じような感情を生まれるきっかけにはならないのだろうか?
有象無象と同じような自然の減少として流されてしまうのだろうか? はっきりとはわからないが、似たような環境で育ち知性を持っているなら可能性はあるのではないかと思う。
いったい僕は何を考えているのだろうか。一生の儚さを考えている間にずれてしまった気がする。それにしてもやけに頭は冴えていろいろな事が考えることができていた。
「あれ? 何か変だ」
頭の中に戻ってくる記憶、知らない世界の出来事、自分の生まれやさっきまで何をしようとしていたのか、いろいろな記憶が頭の中に浮かび上がってくる。
それと同時に今まで体験してきたことが本当の事でないように感じてくる。手足の感覚がはっきりと戻ってくる。なんなんだろうかこの感覚は? 目を開けるのが怖かった。それでも頭の中に入ってくる記憶が目を開けても何も問題は無いという事を教えてくれていた。
僕は目を開けて目の前を見る。半透明のプラスチックで覆われていて天井が見える。
一息つくと僕は目の前のプラスチックをノックして外にいる友人に
「開けてくれ」
と頼んだ。
「一週間体験してみてどうだった?」
カバーが開き、ふかふかのベッドが設置されていたカプセルから出る。
カプセルはソロモングランディマシンという友人が作った一週間のドラマを体験するマシンだという。なんでもイギリス民謡から発想を貰ったとか。
ただ誰かの体験をもとに構成されるけど誰になるかはランダムなんだそうだ。
「自分の前世に会えるかもよ」とか「ファンタジーな異世界を体験できるかもよ」など適当な設定にしたらしい。しかも1週間に濃縮するからシナリオは責任持てないとかめちゃくちゃだ。それに一体前世に会えるとかどうやったらできるのか全く分からない。異世界とか言われても、もういったい何なんだと思う。細かい設定を飛ばしたらいろんな世界がミックスされる可能性だってあるかもしれない。
認めたくはないが彼は天才だ、ネジが一本外れている本物の天才だった。
僕は体験してきたことを思い出すとなんだか切なくなってきた。今にして思うと何気なく聞いたりしているマザーグースの童話はもう少し前向きでもいいのにと思う。
歌は「月曜日に生まれて、火曜日に洗礼を受け、水曜日に結婚して、木曜日に病気になった。
金曜日に病気が悪化して、土曜日に死んだ。日曜日にはお墓に埋められて
ソロモングランディは終わり」
といった内容だ。
僕が体験した内容とは若干異なるが、彼に言わせれば誤差の範囲になってしまうだろう。
「1日目に出会って、2日目に誘われて、3日目に恋において、4日目に病気になった。
5日目には悪化して、6日目に死んだ。7日目には埋められて、僕はおしまい」
病気になる所からは同じだな。
それまではさすがに結婚まではしなかった。キスはしたけど。
結婚出来たらどうなっていただろうか? ちょっとイケない想像をしてしまう。
あのピアノも柔らかい唇もきれいな指も僕が優先的に独占できると考えると結婚というものも悪くない気がする。甘い考えなのかもしれないけど。どうせ死ぬならそういう思いも味わってみたかったと思ってしまう僕は不純なのだろうか。
しかしそれもマシンの中の世界だ。いつかどこかの誰かが体験した世界かもしれないけど僕の世界ではない。借り物で偽物の存在。いつか死ぬのは分かっているけど、それを直面されるのはそれはそれで切ない。出会って、ちょっとしたイベントが合って、死んでいく。男の方が寿命が短いから先に死んでいくのか? そういう人生だったのか?
彼女の死に際は見たいとは思っていない。死んだ後の残された人を見せられるのも哀しい。正解なんて無いのかもしれない。甘い所だけを抽出した人生を送れることは無いという事なのか?
水曜に結婚するまであっさり行くところを、もうちょっと三日目恋して、四日目に結婚してとか段階を踏んでもいいだろう。こんなに簡単に結婚できるのは許嫁という文化があった時代のせいだろうか?
それと病気になって一日、さらに重くなって一日とか、病気になってから埋められるまでの日数の方が多いとか、童話が書かれた時代がそういう時だったのか。そんなに死に急ぐものなのだろうか?
1週間に例えるのがミソなのだろうけど、出来る事なら変えてやりたいと思う。今の時代は童話の時代とは違うのだから。
そう思いながらも元々の伝承をちゃんと理解する事は大切なことだとも思う。志村さんがピアノを弾いていた時に曲の産まれた時代背景、人物像、理解して演奏するとも言っていた。戻ってきても彼女に影響されたままなんだな……。考えていたらちょっと笑えてきた。
「趣味が悪いな、まぁ悪くない体験ではあったけど、一週間は短すぎ、シナリオ構成は考え直した方が良いよ。最初に死ぬような感覚に陥るのはどうしてなんだよ。しかも最後に死ぬとかバッドエンドしか見えないし」
「なんだよ~。ぶきっちょな返事だなぁ……。その割にちょっと笑ってるし。もっとちゃんと教えてくれよ。文句ばっかで良くわからん」
彼はとても不満そうだった。そりゃそうだろう。僕はこのマシンに不満だらけだ。とりあえずキッチンへ向かいお茶を淹れることにした。ちょっと落ち着いて心の中を整理したいと思った。
「おい、お茶を淹れるなら俺にもくれよ、それにちゃんと感想教えてくれよ」
彼がキッチンの方まで追ってきて話を聞き出そうとしていたので、
「わかったから、お茶を淹れるまで椅子に座って待ってろよ」
そう言って、僕はお茶を淹れながら体験してきたことを思い出していた。
「なんかやけに落ち着いてるな。いったいどんなことを体験したのかこれは気になるな」
彼女の入れてくれたお茶を最後飲めなかったな。そんな事を考えながらお茶を淹れている。紅茶がいいのか、あの紅茶はどんな銘柄だったんだろう? 別にそこまでこだわってないティーパックかな?
随分と長い時間を過ごしたような気分だった。カプセルに入ってからものの数時間程度しか経っていないはずなのに1週間の濃縮体験をしてきたのだ。彼の時間軸と僕の時間軸がずれるのは仕方がない。僕の胸は彼女の事を思ってずっと締め付けられたままだ。こんなにも鼓動は大きく動いているのに彼には落ち着いている様に見えるらしい。
ふと机の上に置いてあるチラシを見る。ピアノのコンサートか……、今まで行った事無かったけど行ってみようかな。どんな想いを乗せて演奏しているのだろうか? 僕をどんな気持ちにさせてくれるのだろうか? ただイヤホンから聞こえてくる音を聴いているだけでは分からない独特の雰囲気というものは誰しもが持ち合わせているものなのだろうか?
過去か未来か、はたまた異世界か、彼女はどこかでピアノを弾いている。
もし過去の人なら彼女の残した楽曲を探してみたいと思う。もし今も生きている人だったら……、いったい僕はどうするだろうか? でも彼女は僕の事を知らないだろう。キスをしたことさえもただの幻。もしかしたら誰か別の人とした体験なのかもしれない。僕は彼女の前に出てはいけないのだ。
それでも遠くから見る分には許されるだろうか? 一体何を考えてるんだ。彼に聞けば彼女がどこにいるのか分かったりするのだろうか? 天才だから調べてられる? マシンの中の記録から追っかけられる? でもなんか聞くのはちょっと癪だなと思う気持ちもあった。
マグカップに注がれるお茶が渦を巻いている。このマグカップは僕のものだけど、何か違うような気になってしまう。この時差ボケのような感覚も時間が経てば消えてなくなるのだろうか? 無くなって欲しいような、覚えておきたいような、どっちつかずで優柔不断だな。
マグカップを持って席に着くと彼の方を向いた。そして思い出しながら体験してきた事を話し始める。今はいろんな情報が頭を駆け巡っている。考えている事を口にしてアウトプットするだけで、気持ちも落ち着くこともあるだろう。
「僕が体験したのはね……」
~終~
最後はちょっと長いです。
SFショートショートのような落ちの割には壮大な前置きを書いてしまいました。
時間と根気とアイデアがあればこんなオチじゃなくてもっと爽やかな終わりも描いてみたいですね。
最後までご覧頂きありがとうございました。
本当に彼女は装置の中だけの人だったのでしょうか?
沢村君はまたどこかで志村さんに出会える気がします。
そんなお話はまたいつか……




